一悟術

私と家族の物語(1)~初めての外国旅行~ 

こんにちは。
ロイヤルウーマンズLABO主宰の向みどりです。

この度、『私と家族の物語』というタイトルで12回に渡り連載をさせていただくことになりました。

私とヒーリングとの出逢いは10年近く前に遡ります。

その間、私にも、家族にも本当にたくさんのことがありました。

そして、トラウマを癒す過程で、愛を育み、家族の絆はより強くなっていきました。

『私と家族の物語』では、私の家族の成長の記録をご紹介することで、

皆さんのご家族の絆がより強く深まるきっかけにしていただければと思っております。

私は高校の英語教師の父と、専業主婦の母の間に生まれました。

東京生まれの東京育ちです。

両親共に英語が好きで、二人で英会話の練習をしている時に、

“Will you marry me”と英語で父が母にプロポーズしたそうです。

父はなかなかのロマンチストだったようですね。

英語教師だった父の仕事の関係で、子供のころから、父の外国人の友人が自宅に出入りしていたので、

もの心ついた時には、外国がとても身近にありました。

人生で最初に外国に行ったのは7歳(小学校1年生)の時です。

母方の叔父家族がニューヨークに住んでいたので、

夏休みに3週間、祖父母が「荷物持ち」として私をニューヨークに同行させてくれました。

しかし、祖父母が7歳の私を荷物持ちとしてアメリカに連れて行ってくれた本当の理由は、

私に「世界の広さを教えてくれるため」だったのだと思います。

この時の経験が、その後の私の人生と今の私の在り方の基礎を作ってくれたのだと思います。

外国に行くのも飛行機に乗るのも初めての旅でした。

しかし臓
しかし、子供のころから度胸だけはあったようで、

ニューヨークの空港のトイレにカーディガンを忘れたことに気付いて、

その場にいた空港職員の女性に身振り手振りで説明してカーディガンを探し出したらしいのです。

当時の私は全く英語が話せなかったのに不思議だったと祖父母が驚いていました。

アメリカでの夏休みは夢のようでした♪

ディズニーワールド、ナイアガラの滝、エンパイアステートビル、ハンバーガー、アメリカ人・・・

全てが日本より何倍も大きくて、アメリカは私の一番好きな国になりました。

子供だったので現地に馴染むのも早かったです。

ニューヨークの叔父の家には年齢の近い従姉弟が3人いたので、

彼らのアメリカ人の友達とずっと遊んでいました。

英語は話せないのに不思議と何を言っているのか理解できて、

ケンカもしました(笑)

3週間の滞在だったので英語を流暢に話すことはできなかったのですが、

「シンデレラ」の発音だけはとても上手くなりました(笑)

楽しかったアメリカでの夏休みも終わり、いよいよ帰国が近づいてくると、

「アメリカに残る~!」と私はダダをこねましたが、

あっという間に日本に引きずり戻されました(笑)

不満いっぱいで日本に帰国したのですが、

3週間ぶりに会った母の瞳に溢れる涙を見たとたん、

私も泣き出してしまいました。

祖父母が一緒だったとはいえ、7歳の娘を3週間もアメリカに送ることは、

とても勇気が必要だったと思います。

日本に帰国してから、

「またアメリカに行きたい!世界中に行ってみたい!!」

という想いがどんどん大きくなっていきました。

この時の私は、何でもできると心から信じていたと思います。

しかし、そうは簡単にはいきませんでした。

トラウマをつける「学校時代」の到来です。

この続きはまた来月(^^)

(向みどりhttp://ameblo.jp/kokorotabi )

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