一悟術

私と家族の物語(4)~「在り方」を探し始めたエジプト時代~ 

アメリカ留学から帰国して、半年で準備をして結婚、

そのまま夫の赴任先であるエジプトで新婚生活を送りました。

夫は27歳、私は25歳でした。

エジプトには以前、学生ツアーで訪れましたが、その時はまさか住むことになるとは思いませんでした。

エジプト国内外へたくさん旅行に行きました。

シリア、イスラエル、サウジアラビア、オマーン、アラブ首長国連邦などなど。

日本とは全く違う文化、言葉、人種の人たちと触れて、25歳だった私にとって中東は別世界のとても魅力的なところでした。

当時、アブドというドライバーが私たちの車を運転してくれていました。

まだ若い私がお抱え運転手付きで生活するとなると天狗になっても当然だったのですが、

アブドの人柄のおかげでそうならずに済みました。

今日はそのお話をしたいと思います。

アブドは日本語は当然ながら英語も全く話せないので、

彼との会話はアラビア語だけでした。

私もアラビア語ができないので、知っている単語をつなぎ合わせ、身振り手振りで会話をしました。

そんなつたないコミュニケーションをしていたのに、彼との間ではほとんど勘違いがなかったのです。

その理由は、アブドの「優しい心と笑顔」でした。

彼はいつでも私の伝えたいことを真剣に聴くという姿勢でいてくれたので、

たとえ言葉が通じなくても、いつでも100%私の希望を叶えてくれました。

そして、彼の笑顔は魔法のように皆を幸せにしました。

彼の優しい心がそのまま笑顔に出ている感じで、周りにいる人たちを心からホッとさせてくれました。

日本から私の友人が来た時、

私は用事があってアブドに友人を観光に連れて行ってもらったことがありました。

言葉が通じないはずなのに、観光から帰ってきた友人は大喜びで、

アブドと一緒にいたいがために1泊滞在を伸ばしたほどでした。

そんなアブドが運転手として働いてくれていたからこそ、

私たちは家族のように素晴らしい時間を一緒に過ごすことができたのです。

しかし、そんなアブドが一度だけとても怒ったことがありました。

私が母よりも年上の女性とランチに行った時、

彼女に気を遣い過ぎてアブドに指示するのを忘れてしまいました。

一緒にいた女性は階級意識がとても高いエジプト人の老婦人だったので、

「運転手など放っておきなさい」とハッキリ言う人だったのです。

それでなおさら、本来ならアブドにもランチに行ってもらい、何時に迎えにきてくれるように言うことができませんでした。

アブドは私が指示を出さない限り、ずっとその場で待っているので、

エジプトの40度を超える真夏の炎天下の中、

私たちが帰ってくるのを2時間も待っていました。

しかも私はランチから戻ると気疲れしていて、

アブドを待たせていたことを忘れてしまったのです。

私は車の後部座席にドカッと座ると、

ずっと待っていてくれたアブドに向かって、

「買い物に行くからスーパーマーケットに行って」と言ってしまいました。

するとアブドはとても怒って、

「マダム!分かっていますか?僕はあなたのことをずっと待っていたんですよ!」と

大きな声で言いました。

その瞬間、私は「しまった!」と我に返り、

さかんにアブドに謝りました。

アブドも私が老婦人に気を遣っていたことが分かっていたので、

すぐにいつもの笑顔に戻ってくれました。

アブドにはすぐに休憩を取ってもらいました。

ランチを食べて戻ってきたアブドに再び謝ると、

飛び切りの笑顔で「マダムは最高に素晴らしい人だと思っています」と言ってくれました。

ちなみに、当時の私は25歳でアブドは40歳くらいだったと思います。

アブドはそれからも、私のことも私の友人たちのことも家族のように大切にしてくれました。

一度、アブドの家に夫婦で招待されたことがありました。

優しい奥さんと可愛い子供たちが迎えてくれて、とても幸せな家族であることが分かりました。

アブドは「家族を守る」という在り方に全くブレがなかったのだと思います。

私たちが日本に帰国することが決まった時、

冗談で「アブドにも日本に来て欲しい」と言ったことがありました。

するとアブドはしばらく考えて、真剣な目で、

「僕にはまだ小さな娘がいるから日本には行けません」と言いました。

子供たちが独立していたら、もしかしたら本気でついてきてくれたかもしれません。

そこまで本気で人と向き合えるアブドと出会えたことは本当に素晴らしい経験でした。

アブドは「家族を守る」という在り方が徹底していました。

そんなアブドを見て、「自分はどういう人間になりたいのだろう」と考えるようになりました。

「幸せな家族を作る」

このことを意識し始めたのはこの時期だったのだと思います。

しかし、この時は無意識でそう思っていただけで、

真剣に考え始めたのは子供を産んで、自分のインナーチャイルドと向き合い始めてからでした。

この続きは、また来月(^^)

(向みどり http://ameblo.jp/kokorotabi/ )

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