一悟術

1.ヒーリングとリーディングを受けて改善した、精神と身体の悩み 

みなさん、こんにちは。
ヒーラー&リーダーの無風涼です。

5月から10月まで、
『ヒーリングとリーディングを受けて改善した、
精神と身体の悩み』 というテーマで
メルマガ1日号のコラムを担当する事になりました。
よろしくお願い致します^^

全ての経験を
赤裸々に記すわけではありませんが
「過去=辛い暗い時期」という自覚があるので
少し前置き話をさせて下さい。

自身のブログで自己開示した時に
いつも言われるのが
「今の無風さんからは想像がつかない」
というご感想です。

それだけ、過去の私は暗く
経験はヘビーでした。

幸せになるために
自分の心と体をどうにかしたくて
改善するベクトルで生き始めた時、

「今、生きていることが奇跡だ」と
何人かの専門家に言われるほど
劇的な改善や回復を経験していくことになります。

暗い話から始まりますが、
最終回までメルマガを読んで頂いた方に
勇気と希望を持って頂けたら
とても嬉しいです。

内容の流れは
第1、2回は、どんな風に体も心も病んでいったか
第3、4回は、どんな風に心と体と向き合い出したか
第5、6回は、どんなきっかけで一悟術に出会い、改善に至ったか。
です。

これからお話するような経験をしてきた私が
様々なキーパーソンに出会い、一悟術に出会い、
今では、元気に自分の能力を生かして
充実した日々を送れるようになったことは
紛れもない事実ですが

私が改善されたこと全てが
誰にでも当てはまるとは言えません。
個人差があると思います。

また、
私と似たような経験をして、
まだ十分に改善されていない方は、
もしかしたら辛くなるかもしれません。

もし読んでいる途中で、しんどくなったら、
すぐに読むのをやめて下さいね。

(前置きおわり)

第1回「病気が友達~こうやって精神は病んでいく~」

私は、小学生の頃から過度のストレスが原因で
町の病院の常連さんでした。

ストレスの原因は、母と兄からの暴力と
学校でのいじめです。

小学5年生の時には、バリウム検査も
年に何回かしていて
慢性胃炎で胃薬を服用していました。

よくある話ですが、病院に一人で行くと、
先生も看護師さんもやさしくしてくれます。

当時の私にとっては、注射や検査は嫌だけど
「唯一優しく関わってくれる場所」という
安心感があったとのだと思います。

慢性胃炎だけでなく、原因不明の湿疹などで
毎日病院に注射を打ちに通ったこともありました。

当時の写真を見てみると、
とても暗い顔をしています。

で、自分で言うのもなんですが、
「この顔(表情)じゃ、いじめられるだろうな」と
納得してしまうくらいの雰囲気でした。

大げさに言うと
家も地獄、学校も地獄でしたから。

家にいても、学校にいても
怯えて過ごす事が多くなりました。

小学2年~卒業するまで、
クラスが変わっても、執拗に私をいじめていた
いじめっ子と、幸運にも別の学校になったので、

「新しい環境で、新しい友達作るぞ!」と
張り切っていましたが、
さらにハードないじめを経験することになります。
(この時期の話は長くなるので割愛します)

やっとましになった中学2年生の時には、
体がへたって朝起きれず、遅刻も多くなり、
ずる休みをする日が増えていきました。

両親は共働きで、早く家を出るので
誰もいなくなった家で、一人で過ごすときが
唯一、ゆっくり出来る時間になっていました。

ただ、ずる休みがバレないかどうか
ヒヤヒヤしている部分もあったので
緊張感は持続したままだったと思います。

なぜ、この当時の様子からお話してるかというと
小学2年生頃から続いた緊張感が
そのまま持続した事で、20歳を過ぎた頃から、
慢性的なものだけでなく、
様々な病気を発症する事になるからです。

私は、子どもの頃から、
食べるのが好きでした。
食べる事で、寂しさや不安を
忘れようとしていたのだと思います。

それもあってか、
20歳の時、大失恋したのを機に
過食が始まりました。

喪失感から食べる事を止められなくなったのでした。

過食を繰り返していたものの
新しい職場へ変わって、心機一転始めましたが
失恋を忘れるため、自己価値を取り戻すため
という感じで、仕事に邁進していきました。

その甲斐あって
短期間でチーフに抜擢されたり、
社内の勉強会を積極的に開催して
管理職の方に目をかけて頂いたり
順調にキャリアアップしていたはずでした。

でも、仕事のプレッシャーからでしょう、
自覚がないまま睡眠不足が続き、
気付いた時には、色々体に症状が出ていて
(不定愁訴というやつです)
とうとう、体がいうことを利かなくなりました。

総合病院に行ったところ、内科から神経内科に回され
「うつ」と診断されました。
(当時は心療内科という名前ではありませんでした)
23歳の時です。

入院を勧められましたが、
「私が鬱になるわけがない!何かの間違いだ!」と
本気で思っていたので、断固受け入れませんでした。

「心身共疲れきっている」ことを指摘され
話をしているうちに「確かに疲れがたまってるかも」と
じわじわ実感がわいてきたので、
先生と2ヶ月間の休職を約束して、
自宅療養しながら通院することになりました。

この選択が失敗でした(笑)

定年前に早期退職していた母と
ひきこもりの兄と、1日中過ごすことになったからです。

(無風涼 http://profile.ameba.jp/mufoo/ )

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