一悟術

2.ヒーリングとリーディングを受けて改善した、精神と身体の悩み 

第2回「終わりの見えない 緊張生活」

主治医に「好きなことをしてゆっくり過ごすように」
と言われていましたが、
家族はゆっくりさせてくれませんでした。

「鬱になったのは、わがままやからや!」
「根性叩き直したる!」みたいな言葉を
いつも浴びせられていたので
心は休まりません。

持っていきどころのない気持ちを感じたくなくて
次第に過食がひどくなっていきました。
2ヶ月経って、すぐに復帰したのですが、
過食生活が続き、とうとう膵炎になってしまいました。

思うように働けず、3ヶ月もたないうちに
結局、退職することになりました。

兄も働いていませんでしたし
私が入れる生活費を
当てにされていたこともありますが

いつ怒り出すか分からない母と
母と兄の激しい責め合いを聞きたくなくて
どうにかこうにかアルバイトをしながら、
体を回復させることにしました。

「家に帰りたくない。でも行くところがない。」

という思いが、子どもの頃からありました。

社会人になってからは、
家に帰る時間を少しでも遅くしたくて、
夜遅くまで仕事をしたり、
飲みに行ったりを繰り返していました。

でも病気になると、それもできません。
だから、早く元気になる必要がありました。

膵炎が落ち着いても
急性胃腸炎や胃潰瘍、慢性胃炎と
胃腸の病気が絶えず、胃薬とは長年のお友達で
相変わらず、病院の常連さんでした。
(相当怒りが溜まっていたんでしょうね)

バリバリ働けなくなった分
仕事のプレッシャーは少なくなりましたが
家にいる時の緊張感が増していました。

ひきこもりの兄が、毎日執拗に母から責められ続け
とうとうノイローゼになり、
ある日、夜中まで母に責められ続けた後、
私の部屋に入ってきて

「俺、いつか家に火つけるから。
その時は、お前も運命やと思って諦めてくれ」

と、真っ暗な部屋の中、私の枕元に立って
言うではありませんか。
あまりの怖さに、寝た振りをするしか
ありませんでしたよ。

その日から、自分の部屋にいても
安心して眠ることができなくなりました。

*****

子どもの頃から、
どうしようもなく辛くなった夜には
心の中で必死に叫んでいました。

「誰か助けて!」と。

でも、誰も助けに来てくれませんでした。

家の中でおこったことは、
友達にも話にくいものですが、
勇気を出して話をしても
「親がそんなこと、する(言う)はずない」
と、信じてもらえない事が多かったんです。

藁にもすがるような思いで話をしても
信じてもらえず、嘘つき呼ばわりですから
人が怖くなりました。

だから・・・といっては何ですが
「神も仏もいるもんかー!」
と思っていました。

前世で悪いことをしたから
今こんな目にあっているのかな?
と思って慰めたりもしました。

でも、そんな否定的な思いで過ごしていても、
どこかで
「諦めなければ、願いは必ず叶う!」
という根拠のない確信もありました。

もしかしたら、確信ではなく
生きる希望だったのかもしれません。

*****

子どもの頃からの夢は
「お嫁さんになること」でした。
(意外すぎる!と言われますが^^)

一時期、あまりに最悪な父母の関係に絶望し
「結婚なんかするもんか!」
と思った事もありましたが、

「結婚して家庭を持って、幸せに暮らすこと」
が、家(母親や兄)から逃れられる
唯一の道になっていたからでした。
(安全な家庭への憧れもありましたから)

*****

体力が回復して、
やっとの思いで、好きな仕事につけたのですが
望まない昇進後、再びプレッシャーの日々が続き
今度は原因不明の腰痛で立てなくなり
退職することになりました。

ほとほと体力に自信がなくなったので
回復後、初めて負担が少なそうな事務員で
再就職先を探すことにしました。

でもどこに行っても
「あなたは事務員向きじゃないよ」と言われ
気付けば、20社以上断られ続けていました。

「事務員じゃ働けないのかな」と 諦めかけた時、
一度、不採用になった会社から
「採用した人が1週間で辞めてしまって…」と連絡があり
やっと再就職先が決まりました。

その会社に、将来夫となる人が働いていたのでした。

おとぎ話なら、ここで「ハッピーエンド♪」
となるところですが、そうはいきません(笑)

結婚後、新たな戦いの火ぶたが切って落とされるのでした。

(つづく)

(無風涼 http://profile.ameba.jp/mufoo/ )

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