一悟術

5.ヒーリングとリーディングを受けて改善した、精神と身体の悩み 

今回は、いよいよ30数年かけて
失ってきた大切なものを取り戻すため、
必死で駆けずり回った30代前半から
一悟術に出会う40歳位までのお話です。

ただ、あまりに変化が多い30代だったので
分量がかなり多くなるため、
心身の状態に関わることにフォーカスしました。
ですので、その時どう思ったか、とか、
プライベートのエピソードは割愛しました。

ライフワークか??と思うほど、
当たっては砕け散って、また這い上がって…
の繰り返しでした(笑)

この期間、プライベートでは、
別居、離婚、再婚しています。
(同じ人と^ ^)

*******************

母親と絶縁したことで腹が据わったのか
思い立ったら吉日という感じで
すぐに行動を起こし始めました。

心理カウンセリングの学校を探し
独身の時に趣味でやっていたバンド活動を
また始めたいと思ったので
ボイストレーニングにも通うことにしました。

でも、ボイトレの先生にいきなり
「歌どころじゃないわよ!まず体をなんとかしなさい!」
と言われ、かなりコアな整体の先生を紹介されました。

まるで拷問のような痛い施術でした(笑)
一時期よりも回復したとはいえ、
体の筋肉も落ち、座っていても疲れるし
笑う事もままならない状態だったので
(気力と体力がないと笑えないんですよねー)
体の痛みやだるさが落ち着くまでの8年ほど
週1回通い続けることになりました。

通い始めた頃、整体の先生が、
「この状態で生きていたのは奇跡だ」と
夫に話していたそうです。

毎回通うのが憂鬱でしたが、このメンテナンスのお陰で、
思うように動かない体でも、毎日ではないですが
カウンセラーとして働くこともできましたし
国内だけでなく海外でも、いけ花の展覧会を開催したり
レセプションパーティーで歌うこともできました。
なので、元気になった今でもメンテナンスは欠かしません。

整体に通いながら、
心理カウンセリング講座に通い始めました。
でも、そこの(分校)先生では私の対応は難しいということになり、
半年後に本校の理事の先生のもとで学ぶことになりました。
本校の認定が受けられる1年コースに通いながら
興味があった箱庭療法やワーク中心の療法を体験するため
海外研修に参加したりと、
体に鞭打ちながら通っていました。

卒業後、研究生になり
その時の研究テーマを「虐待」にしたことで
「学びたいなら外でやって」と言われ、
学校を去ることになりました。

見捨てられたようで悲しかったですが、
虐待経験者が、どのような人格を形成していくのか
トラウマが、生き方にどのように影響するのか
何よりも、どうやったら癒えるのか
自分を理解するため、これからのために
知りたかったからです。

専門書や講座で学ぶだけでは物足りなくなり
被虐待児が保護されている児童養護施設に
半ば強引に、ボランティアとして、
通わせてもらうことになりました。
(面接の間、ボランティアに来た殆どの人が
2か月もたない話をされました)

親から保護された子ども達との関わりの中で
大変な分、多くのことを学べました。
お陰で、自分が次にやりたいことが明確になりました。

切ない現実に胸が苦しくなることばかりでしたが、
子ども達と過ごした時間(体験)は今でも宝です。
何度子ども達の本来の優しさと
生きる力に元気付けられたか分かりません。

人との関わりの中で無表情で強張ってしまった顔に
笑顔を取り戻させてくれたのも
厳しい現実を生きている、子どもたちでした。

*******************

カウンセリング学校で、
とても良くしてくれた友人が二人います。
一人は、私を中学校へ紹介してくれた友人。
もう一人は、アートの世界へと導いてくれた
鉄の造形家だった友人です。

前者は、その後疎遠になりましたが、
再会した時、ヒーリングの世界を私に紹介してくれました。
後者は、アートセラピーに興味があったものの
芸術とは無縁だった私に「二人展をやろう」と誘ってくれ、実現しました。
その時の展覧会で、前衛華道家の先生との出会いがあり
10年後には、パリで華道家として個展を開催することになります。

********************

ある臨床心理士から
「(高機能広汎性)発達障害の可能性がある」
と言われたことで、
「私の生き辛さを理解してもらえるかもしれない!」
という思いが高まり
専門の精神科医を探し回りました。

自分探しが、自分を理解してもらえない辛さから
いつしかレッテルを貼ってくれる先生探しになっていました。

***********************

その当時は、子どもには対応してくれても
大人に対応してくれるところは
ほとんどありませんでした。
それは判断が難しかったからです。

藁をもすがる思いで診察を受け、検査を受けても
「生育歴が悪いから判断できない」と
言われてしまい、絶望感から
うつ病を再発したこともありました。

このままの状態を続けていは、
社会復帰できないと思っていたので
「検査結果で低いところを努力して高めていきたい。
どうしたら良いか教えて欲しい!」
と別の病院で訴えたところ、
始めはニコニコしていた先生が
「勘違いする人いるんですよね。
自分には特別な能力があるって。
あなたもそのうちの一人ですよ。
ちゃんとした人がリストラされる時代に
あなたのような人が相手にされるわけないでしょう。
家で家事でもしてたらどうですか?」
と言われ、

「なんで医者なのに、あんなことが言えるんだ?
私みたいな人間は、いくら努力しても社会貢献できないの?」
と悔しくなり、期待しながら1時間30分かけて来た道を
泣きながら帰ったこともありました。

(ほーんと、くやしかったなー)

治せない精神科医には頼らないと決めたはずが
スクールカウンセラーに抜擢され
小学校でも勤務することになり
過度のストレスから眠れない日が続き、
辛くなってまた別の病院へ通院することになります。

「あなたは典型的なドクターショッピングをしています」と言われ
診断マニュアルのような専門書を見せられ
「あなたが訴えている症状は、これとこれとこれですから
パニック障害ですね。それから睡眠障害もあります。
だから、この薬を出しておきますね。」
と、薬の処方をしてくれただけでした。

私もその頃には諦め気味で
「先生が副作用がないって言うし、飲み続けててもいっか」と
薬をもらうために1年ほど通っていました。
でも、症状は改善されることもなく
薬も全く効かなかったので、
「1日2日眠れなくても死にはしないか」と
開き直り、完全に薬断ちをしました。

パニック障害と診断されていた状態の私にとって
学校はストレスを強く感じる環境でした。
仕事の内容も内容でしたから、小学校での勤務も増えると
急性胃腸炎で入院したり、不整脈が出て心臓の検査もしたりと
体の不調は絶えませんでした。
でも、やりがいのある仕事を続けるため、
子ども達のサポートのため、
新しい療法を勉強したり、
発達障害児を理解してくれる専門医や
サポート団体と連携を取ったりと、
奔走していました。
今思えば、よく体がもってくれたと思います。

**********************

中学校で心の相談員を始めた1年目に起きた事件をきっかけに
(この件については、コチラへ↓
http://ameblo.jp/mufoo/entry-10668738672.html )
悔いが残らないよう活動してきたことで
体は不健康なままでしたが、ここでの5年間が
自分が本当にやりたい対人サポートを考えることに繋がりました。
心だけでなく、体も健康を取り戻さないと不十分だと答えが出て
特例で勤務させてもらったスクールカウンセラーを
辞める事を決めました。

***********************

辞めた当時の次の目標は夫の希望もあり不妊治療でした。
病院側の治療の勧め方がネガティヴ指向で
通う度に自己否定感が強まっていきました。

誤解を恐れずに言うなら、
今生は子どもに縁がないのは
随分前から感じていたので、
夫の気が済むならと治療する事を決めました。

次の段階に治療を進めるタイミングで
夫が健康診断で引っかかり
しばらく、投薬治療することになったので、
私にとって体に大きな負担がかかる不妊治療を
先延ばしにすることになりました。

夫もいつの間にか気が済んだようで、
そのまま不妊治療をやめることになりました。

ちなみに、夫が健康診断に引っかかったのは、
後にも先にもその1度きりです。

************************

そんな流れの中、
「これから忙しくなるのにこの体じゃもたない」
という思いがふつふつと湧き上がってきました。
今思うと自分の将来をリーディングしていたんだと思います。

体を動かすことが、とにかく嫌な性分だったのですが
「献血ができる体の状態になる!」と目標を定めて
リラックスヨガのクラスに週1通うことにしました。

これまた拷問のような痛さと辛さと恥ずかしさで(笑)
「どこがリラックスやねん!」と思いながら
通っていました。

足を伸ばして座れない、前屈できない、
手が回らない、ポーズにならない…等々
あちこち痛くなるし、無理に動かすから骨はズレるし
レッスン中に軽い急性腸炎になって
トイレから出られなくなったこともありました。

6月に始めたヨガでしたが、9月になっても
なかなか楽にならなかったので
「しんどいし、もう辞めよう」と思いました。
でもふと
「ヨガの理論てどんなんだろう?
理論が分かれば続けられるかもしれない」と
思った日に、ヨガの理論講座が始まる案内があり
場所は家から遠い本部校でしたが
「これ幸い!」と、すぐに受講することを決めました。

*************************

理論を学び出してびっくりしたのは
総合的に自己を高めていく方法や心の在り方が
学べたことでした。
そして、自身が目指すサポート体系は
心身魂の調和だと確信しました。

すぐに瞑想の講座も受講しました。
衝撃的でした。

私が子どもの頃からずっと求めていた自由を
体験できたからです。
それは、肉体から開放される自由でした。

でも、学びを深めようと決めた時
大きな課題があるなと感じだしました。

「体の状態は心の状態。心の状態が悪いから体も悪くなる」
という説明を受けた時、激しい怒りが湧いてきて
「私が悪いわけじゃないのに!あいつらが、母が悪いのに!」
と怒りと悔しさが湧いて止まりませんでした。

この怒りを癒さないとダメだ。
でも誰を頼ったら良いんだ?
病院もダメ、カウンセラーもダメ、
「誰か癒す方法を教えてくれー!」と
心の中で叫んでいました。

そんな時に、疎遠になっていたカウンセラーの友人と
SNSで繋がり、4年半振りに再会することになりました。
再会した友人の状態が、今までとは全然違ったので
理由を聞くと「ヒーリング受けてる」と言うではありませんか!

当時の私もそうでしたが、
ヒーリングなんて怪しいものを一番嫌う人だったのに
その友人が受け入れたヒーリングてどんなだろう?
と興味が湧いて、背中をゾクゾクさせながら
「今度紹介して」と話していました。

(つづく)

(無風涼 http://profile.ameba.jp/mufoo/ )

上に戻る