一悟術

合唱のワシントンDC公演で思い出したひたすらな道 

2019年9月、一悟術の今を生きる人合唱団はワシントンDCへ演奏旅行へ行きました。
準備、練習に約1年をかけて、全くの素人集団がワシントンDCで三公演。

 

私自身は合唱経験がほとんどなく、歌うことに劣等感を抱えていただけでなく、海外公演なんて無理だと思っていました。
前回のエジプト公演では参加しておらず、他人事でしかありませんでした。

 

そんな私が参加した方が良いという心の声に従って参加することにしました。

 

今を生きる人合唱団とは

一悟術の基本解消ヒーリングによってバーストラウマとインナーチャイルドがクリアとなった人々が自己成長を目指し合唱する集団。

 

2011年の東日本大震災の追悼と復興を応援するコンサートがエジプトで毎年開かれており、この追悼コンサートに参加するため2017年9月に設立されました。
2018年3月にエジプトへ演奏旅行し、追悼コンサートに参加しています。

 

通常の合唱団との違いは、全員が一悟術ヒーリングを受けている点です。
一悟術の基本解消ヒーリングは胎児期から生後三か月、生後三か月から大人になるまでの心の傷(トラウマ)を解消します。
トラウマが解消された人はエゴが小さくなり、肉体に重なるように存在するエネルギー体はクリアさを増します。
楽譜を読めない者も多々いる素人集団なのに、共鳴から生まれるハーモニーは聞く人に様々な感動を与えるようです。

 

スピリチュアルな世界では、ワンネスの体験というのだろう思います。
全ての魂はもともとはひとつであるということを体験する方向性がこの合唱団にはあり、聞く人もそれを感じ取るのかもしれません。

 

練習への抵抗

合唱をするのを決めたものの、私の抵抗は大きいものでした。
以前、感情カウンセラー協会のHP「合唱に参加。歌うのが苦手なのを克服できるか?」というコラムを書きました。

合唱に参加。歌うのが苦手なのを克服できるのか?

恥ずかしい思いをしたくない、間違って目立ちたくない、下手な姿をさらしたくないなどの気持ちから、だめなら口パクでもいいやと思っていました。
そんな出発点でも、音を上手く合わせられたり、暗譜が少しでもできるようになると楽しさが出てくるものですね。
指揮者がほめてくれるのがまた上手いのです。

楽しさが出てきたおかげで、練習を続けることができました。
家でひとり練習している姿を見た子どもから「小さな子どもが一所懸命歌っているようでかわいい」と言われるようになりました。
照れくさいですが、嬉しい言葉でした。

 

ワシントン三公演

ワシントンDCでの公演は、モルモン教教会の施設、ユニオン駅、日本大使公邸の三か所。
曲目は5つでした。

  • 日本国歌 君が代
  • アメリカ合衆国国歌 The Star Spangled Banner (星条旗)
  • マイバラード 作詞・作曲:松井孝夫
  • 大地讃頌(だいちさんしょう) 作詞:大木惇夫 作曲:佐藤眞
  • なんでもないや 作詞・作曲:野田洋次郎 合唱編曲:平野真奈

※「なんでもないや」は、新海誠監督の映画「君の名は。」(2016年公開)の主題歌を合唱曲にしたものです。

 

モルモン教 Washington D.C. Temple Visitors’ Center

モルモン教は、末日聖徒イエス・キリスト教会(まつじつせいとイエス・キリストきょうかい、英: The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints; LDS.)の通称です。
1830年にアメリカ合衆国で、宗教家ジョセフ・スミス・ジュニアによって立ち上げられたキリスト教系の新宗教です。

 

こちらので、駐米日本大使館がホストする9・11アメリカ同時多発テロ追悼コンサートに合唱参加しました。

モルモン教では、ワシントンDCに壮大な教会を建設中なのです。
ご覧のように「白」が基調です。
「地上の天国」をイメージして白を基調に作られているため、私たちは教会への感謝と敬意を表し、衣装を白で統一しました。

 

ここで感動したのが、日本国歌「君が代」を歌い始めると、観客の皆さんがすっと起立してくださったことです。

 

日本人は戦後教育の影響で、日本という国への想いが希薄になったと思います。
国歌を胸を張って歌うのはオリンピック競技などの特別な、その時ばかりは国を意識するような時で、日常的な行事では消極的になっています。

外国の人が国歌に起立してくださるのは、天皇制や帝国主義といった歴史的な意味を抱き合わにせず、純粋に相手へのリスペクト(敬意を表する)ところからです。
そのリスペクトにありがたいと思え、声が震えそうになりました。

 

私は「君が代」が好きです。
純粋にこの歌が好きです。
静かに歌う中に魂を揺さぶられるような、生きる目的を刺激されるような感覚を得ます。

 

ユニオンステーション

ユニオン駅は、ワシントンDCの玄関駅です。
アメリカは車社会なので、東京駅ほど人の行き来は多くない印象ですが、この駅からアムトラックという鉄道が全米へと出ています。
もちろんニューヨークへも通じています。

合唱は、指揮者のホルンで音合わせをしてアカペラで。
素人で歌うのが苦手な私がたった一人でアカペラしたら、音やリズムがどんどんズレていき、聞くに堪えないのがオチです。
けれど、皆で歌うと全体の中にいる安心感と信頼感で歌えるから不思議です。

ゲリラライブのようなことができて、日本でも見かける路上ライブへのまなざしが変わったかもしれません。
やったことがないことを体験するっていいですね!
見える世界が変わって、相手を受け入れる視点ができます。

 

日本大使公邸

駐米日本大使公邸では、アメリカの方々をはじめ日系アメリカ人の皆さまへ感謝と敬意を表する合唱を披露しました。
アメリカ合衆国国務省(日本の外務省に相当)の方々も見えていたということで、微力ながらも外交の一翼を担うことができたのは光栄な事です。

この三公演目は、ひとりひとりが自分の役割を果たし、プロジェクトの中で最高の歌を歌えたひと時でした。

 

合唱を始めた頃持っていた抵抗感、劣等感、苦手意識、面倒くささなどネガティブな想いは一切ありませんでした。
そんなものは消滅して、ただただパートに溶け込み、歌っている感覚もなくひたすらに自分の受け持ち分を歌うのです。
思考なんてない世界です。
それは、人によっては「私は」という個の意識のないただの楽器になったような感覚かもしれません。

歌えて、今までで最高の合唱ができて、素直に喜ぶことができました。
満足感、充足感、静かなる喜びがありました。

 

高校の頃の印象的な出来事を思い出した

帰国後、公演での受け取りを振り返っていると高校の頃の出来事を思い出しました。

 

もう40年近くも前の出来事です。
恩師が「高校3年の間に、心が震えるような感動を得ろ」とよくおっしゃっていました。

 

私の在籍した高校はその地域では御三家といわれる進学校でしたが、ひと昔前と違って、学生の学ぶ意欲が年々薄れていくのを恩師は憂いていました。
この言葉は、感性豊かな若さが、能力が花開くようことを切に願う言葉だったのだと思います。

 

私といえば、中学時代はトップクラスの成績も、高校に入ると優秀な友人がそれはたくさんいて挫折を味わっていた頃です。
どんなに勉強しても追いつけないし、成績が伸びないのは劣等感と、できない自分をわかってもらえない孤独感とで苦しかったです。
クラスメイトからは「できる子」と思われ、心の中では「違うの!違うの!私はそんなのじゃない!」と思いつつも「できる子」を演じようとしていました。

「心が震えるような感動」そんなものが自分にもあるのだろうか、あるなら体験してみたいと思っていました。

 

ある時、フランス語の堪能な恩師が「お前らもこれぐらい原著で読めないでどうしますか?」と次に紹介する話を語り出した時に、体が震え出し嗚咽がもれそうになりました。
自分に起こった感動が何なのかわからないまま、でも、授業中なので、周りの友人に泣いているのを見られるのが恥ずかしくて、無表情を装い必死に抑えていました。

後日、琴線にふれたこの話を書店で探しましたが見つけられず、手に入れることをあきらめていました。

 

心が震えるほど感動した話とは

恩師が話してくれたのはフランスの短編で次のようなストーリーです。

 

ある純朴な道化師が修道院に入ります。
修道院ではそれぞれが自分の才能をもって聖母を讃える日々を送っています。
道化師は、自分は何も知らない愚かな人間で何もできない人間だと思います。
道化師は聖母にどうして奉仕したらよいか考え、誰もいない時間に聖堂にこもるようになります。
ただひたすら聖母像を前に道化芸を続けていたのです。
他の僧にそれを知られた時、道化師は聖母を冒涜するものとして聖堂から引きずり出されそうになります。
その時、聖母が祭壇から下りて道化師の汗をぬぐうというお話です。

 

恩師は作者の名前もおっしゃったのですが、当時の私は記憶違いをし、誤った記憶で本を探していたのです。
随分後になってネット検索してみましたが、記憶違いでは見つかるはずがありません。

 

道化師の話を思い出したので、どうせ出てこないと思いながらもネット検索してみました。
探してみると、すんなりとネット検索でヒットしました。
何故たどり着けなかったのか不思議に思うくらいです。
今まで、何度か本当に探したんですよ。

 

ノーベル文学賞を受賞したアナトール・フランスの短編「聖母と軽業師」でした。
ノーベル賞作家ですよ。
そんな有名な人の短編ならわかりそうなものなのに、その時はわかりませんでした。

きっと、ようやくその感動の意味を受け取れる状態になったのでしょう。
人生はいつもベストタイミングで何かが起きるのですね。

 

 

まとめ;合唱で思い出したひたすらな道

高校の頃の「聖母と軽業師」での感動は「人と比較することなく、自分のやれることをただひたすら、愚直に、一歩一歩やり続ける」ことにありました。

合唱練習から公演までで「聖母と軽業師」のストーリーを私なりになぞらえたかのようです。
最初は劣等感や人との比較でできるできないを気にしていたのが、少しずつ、ただただやり続けることに移行し、三公演目に至高の瞬間を得る体験。

 

高校の頃の自信のない私、合唱を始めたけれどできない私。
生きていくのにそんなものは必要なく、今、自分のやれることをやり、これからもやっていく中に、生きるという選択と生きている実感があるのだろうと思います。

生きるとは、ただひたすらに生きる事。
ひたすらな道。
今回の合唱体験を通してそう思いました。

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