褒められたい、認められたい、承認欲求が強い人の重荷

  • 誰か、わたしを認めて!
  • もっと褒めて!
  • 頑張っているって言って!

人は誰かに認められたい褒められたいという欲求を強く持っています。

私も褒められると嬉しいです。
「もっと褒めて!」と褒められることを求めることもあります。

  • 認めてもらえないとき
  • 褒めてもらえないとき

失望するような悲しい気持になってしまいます。

認めてくれない、褒めてくれない相手を責めてしまうこともあります。

どうして人は認められたい、褒められたいと強く思ってしまうのでしょうか?

認められると嬉しい

誰かに認められると嬉しいものです。

  • 好きな人に認められると嬉しくなります
  • 褒められると何でもできる気がしてきます
  • 頑張っているねと言われると、もっと頑張りたくなります
  • 誰かに見られていると思うと気持ちが昂まります

人は認められたり、褒められたりすると嬉しいものです。

嬉しいので、

もっと認めて、

もっと褒めて、

と、周りの人に求めてしまうこともあります。

自分では「認めて!」と思っていないとしても

何かの成果や結果を提示したときに

「何の反応もなかったら」

ガッカリしてしまうことはないでしょうか?

さらに

何も反応してくれなかった相手を責めてしまうことはありませんか?

  • 一生懸命やったのに報われなかった
  • 頑張ったのに何も言ってくれない
  • 一言でも何か言ってくれたら良いのに
  • わたしがやったことは意味がなかったの?
  • 誰もわたしのことなんか気にしてないのかな?

無視されると愛されていないように感じる

自分なりに

すごく頑張って、

いつも以上に時間も労力も使って、

いつも以上の成果を出して

報告をすると「そこ、置いてといて」と言われて無視されたように感じた。

仕事での成果や結果を認めてもらえなかった時

相手に対して怒りの感情さえも湧いてくるかもしれません。

「こんなに頑張ったのに、何か一言あってもいいんじゃないの??」

その裏側で働いている心理はどんなものでしょうか?

それはきっと

「わたしのことをもっと見て、もっと認めて」ということです。

自分のことを認めて欲しいと思っている相手に『無視』をされてしまう。

そんな経験はありませんか?

その時のあなたは

「わたしは誰からも愛されていない」と感じているかもしれません。

SNSは「認めて!」の世界

SNSを利用することで

不特定多数の誰かに

承認されること、認められることを求めていませんか?

インスタグラムに投稿した写真の「いいね」の数がそのまま自己評価に繋がっている。ということはないでしょうか?

「いいね」の数が少ないと、まるで世間から無視されたような、自分には価値が無いような感覚に陥ってしまう。

「いいね」の数が人より多いと、世間から認められ、生きている価値を感じることができる。

インスタグラムやFacebook、Twitter等といったSNSは

投稿に対して誰でも簡単に評価ができるので

自分自身の評価をより強く求める傾向が出やすくなります。

ブランドバッグを持ちたいのはなぜ?

ブランドのバッグを持つ目的は人それぞれにあります。

ブランドのバッグそのものが持っている

「価値」を得たいために持っている人もいます。

  • 高い品質で長持ちするから
  • 自分のスタイリングに合うから
  • 持っているだけで幸せになれるから
  • 見ているだけでも豊かな気持ちがになれるから
  • 触っているだけでも心地よさが伝わる

といったように

ブランドのバッグそのものが持っている価値を求めている人もいれば、

別の目的で持っている人もいるでしょう。

  • 持っているだけでスゴイと思われる
  • 人よりも優位に立てる
  • 目立つことができる
  • 自分を高く見せられる
  • 注目される
  • 仲間に入れる

この場合は、ブランドのバッグそのものが持っている価値というよりも

「ブランド」が持っている価値を

自分の存在価値を証明するために使うのに有用な手段だからです。

認められたいと思うのはなぜか?

ここまで、

日常的によく起こっていそうな

認められたい、褒めらたいという事例を見てきました。

これ以外にも

ご自身に起こっている「認められたい、褒められたい」が

思い浮かぶ状況がたくさんあるのではないでしょうか?

わたしにもたくさんあります。

何かをしたのに、

頑張ったのに、

誰もそのことを認めてくれないと

不機嫌になります。

自分ではそんなつもりは無いと思っていても、

態度には出ているようです。

認めてもらえないというのは「寂しさ」を呼び起こします。

誰にも相手にされていない。

やっても意味がない。

もっとこっちを見て欲しいのに見てくれない。

この気持ちはどこからくるのでしょうか?

幼少期の満たされない気持ち

  • 「誰かに認めて欲しい」という気持ち
  • 「もっと褒められたい」という気持ち
  • 「わたしのことをもっと見て」という気持ち

これらの気持ちの要因は

幼少期、

親に対して求めていた「認めて欲しい」という気持ち

満たされないままに大人になったことで

どうしても出てきてしまう気持ちなのです。

子供が親に対して「こっちを見て!認めて」と思うのは当然のことです。

なぜなら

自分の生存がかかっているからです。

幼少期の子供が自分一人生きていくことは非常に難しいことです。

親に相手にされない、振り向いてもらえない、存在を意識されていない。

となると、

生死に関わる危機を感じます。

例えば、

親の中に自分(子供)が存在していないのであれば

ご飯を食べることもできない可能性が高くなります。

本能的には

生死に直結する危機を感じています。

親の意図とは関係なく

ここでの注目したいのは

「親の意図は関係がない」ということです。

親が多くの愛情を持って接していて、子供のことを認めていたとしても

子供自身が

「親から認められている」と感じることができていなければ、

親に対して抱いている「認めて!」という思いが満たされることはありません。

例えば、

過保護な程に子供のことを気にかけ、愛している。という親であっても

子供からすると

「自分のことを信頼してくれていない」と捉えることによって

「親は自分のことを一人の人間として認めてくれていない」と感じるかもしれません。

例えば、

子供と過ごす時間がすごく少なくて、なかなか子供の相手ができない環境の親が

一緒にいる時間は精一杯

子供としっかりと向き合ってきた。

ということであれば、

日常的な寂しさは感じているものの、親から認められていない。とは感じにくいかもしれません。

大人になると外に求め始める

幼少期の頃に満たされることがなかった

親に認められたいという思いは

大人へと成長する過程においては「親離れ」を経て

親に求めることを諦めます。

親の次は

「外の世界に認めてめもらう」ことを始めます。

  • 学校の先生
  • 部活の監督、コーチ
  • 先輩
  • 会社の上司
  • 会社
  • 友人
  • パートナー
  • 社会

といったように、どんどんと外側の世界に

「わたしをもっと認めて!」が広がっていきます。

幼少期に親に認めてもらえなかったという気持ちが強いほどに

外側に対して求めるパワーは強くなりがちです。

求めるほどに得られない

外の世界に「認めてもらう」ことと、

親に「認めてもらう」ことには大きな違いがあります。

外の世界は

求めれば、求めるほどに得られない。ということです。

親との関係性においての「認めて」はある一定の段階でゴールがあります。

自分自身が満たされることで、満足し、枯渇することがありません。

ところが、

外の世界は無限ループです。

「認めて!」と思えば思うほど、求めれば求めるほどに

「もっと認めて!もっと褒めて!」が続きます。

例えば、

Twitterの投稿に「10リツイート」があったとしたら

次のTwitterの投稿には「100リツイート」を求めてしまいます。

達成できば「もっと!」

達成できなければ「ダメだ!」

というように、自分自身が満たされることが非常に難しい世界になってきます。

この記事の目次

現実の世界でも同じ

SNSの世界だけではなく、

現実的なコミュニーケーションにおいても同じです。

  • 彼氏に認められたい
  • 彼女に認められたい
  • もっと愛されたい
  • 仕事で認められたい
  • 会社から認められた
  • 尊敬されたい
  • スゴイと言われたい

求めれば求めるほどに「もっと!」が続いていきます。

外に求めることで起こる問題

誰かに認めて欲しい、褒めて欲しい、もっと見て欲しい

という気持ちを持つことによって

どんどんと成長していく人、自己実現をしていく人は世の中にいます。

一般的にビジネスの成功者として注目をされやすいのはこのタイプの人たちです。

際限のない無限ループの「認めて欲しい!」ではありますが、

自分自身の満たされない思いとは関係なく、

とにかく行動して、結果を出すことができる人がいます。

自分自身が満たされることがないままに

ビジネス的には成功を手に入れることができるので、

お金はたくさんあるけれど幸せそうには見えない。

という結果に行き着くことがあります。

よく聞く事例としては

  • 何度も離婚している
  • 周りの誰も信用することができない
  • お金以外は信頼できない
  • お金だけを目当てに人が寄ってくると思っている
  • いつも神経質でピリピリしている

というように

経済的な成功を手に入れながらも、

自分自身の幸せは諦めてしまっている。

というのは、よく聞く話です。

求め続けることで疲弊する

誰かに認めてもらうことを求め続けることが

自分自身のパワーとなり、さらなる成長や成功への近道である。

という人もいれば、

誰かに認めてもらうことを求め続けることによって

それだけで疲れてしまい、自分の存在自体を否定しまう人もいます。

「SNS疲れ」というのはその典型かもしれません。

無限ループにハマってしまう

誰かに求める「認めて!」はゴールの無い目的地に向かっているようなものなので

進めば進むほどに

どこに行けばいいのかがわからなくなってしまいます。

「認めて!」を解消するには?

ここまで読んでいただいた方は、

「認めて欲しい!」という気持ちが出てくることは

悪いことのように感じるられたかもしれませんが、

決してそうではありません。

当たり前のことで、誰にでもあるものです。

まずは

「認めて!」という気持ちが出てくることを否定しないこと。

日々出てくる、その気持ちを大事にしてあげましょう。

「わたしは誰かに認めてもらいたいんだな」ということに気づくことです。

その気持ち自体を否定してしまうと

あなた自身を否定することに繋がっていき、

ご自身の存在自体の否定になってしまいます。

まずは

「認めて!」という気持ちが出てきていることを自分で認めましょう。

幼少期の親との関係を見直す

次の段階として必要なのが

「認めて!」という気持ちの要因となっている「親との関係」です。

大人になった今の段階で

誰かに対して「認めて!」という気持ち出てきているいうことは

「親にもっと認めて欲しかった」という気持ちがまだ残っている。ということです。

大人になった今の段階で

幼少期の親との関係性を振り返ってみることで

満たされなかった「親に認めて欲しかった」という気持ちが

客観的な視点を持つことによって、見直すことができるようになります。

  • 親は愛情表現が下手だった
  • 家族の幸せのために仕事を頑張ってくれていた
  • 実はちゃんと見てくれていた
  • 本当の自分の気持ちを伝えられていなかった

というように、

大人になった今だからこそ、出てくる思いや考え、気持ちがあるでしょう。

幼少期には無理だ、ダメだ、と諦めていたことが

実は自分の勘違いだったということもあるかもしれません。

インナーチャイルドを癒す

もし、

幼少期の自分自身が

親に認めてもらえなかったという気持ちを抱いた時点で

心の整理をうまくできていたとするならば、

「満たされない」という気持ちが大人になっても残ることは少なくなります。

しかしながら

ほとんどの人は幼少期に心の整理ができていません。

幼少期に満たされることがなかった気持ちは「インナーチャイルド」として大人になっても残り続けています。

そのため

大人になった今から幼少期の自分を振り返って

心の中の整理をすることは非常に重要なプロセスではありますが、

完全に「満たされない思い」を払拭することは難しいでしょう。

まとめ

誰かに認めて欲しい、

もっと注目されたい、

褒めて、褒めて。

と思うことは誰にでもあります。

ところが、

その気持ちを求め続けると疲れます。

疲れることで自分自身を見失ってしまう可能性があります。

まずは

要因である「幼少期の親に認めて欲しかった」という気持ちを

大人になった今の段階で振り返ってみましょう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ヒーラー、カウンセラー

対面での提供サービス
バーストラウマとインナーチャイルドを取り扱うヒーリング、感情カウンセリング

神奈川県を中心に対面の個人セッション(ヒーリング、カウンセリング)を実施しています。
ヨネイカンと直接会ってセッションを受けたいという方は、ホームページからお問い合わせください。

【ホームページ】
自分らしく生きる学校(https://kanyonei.com)

【執筆者プロフィール】
自分らしい生き方をビジネスでも実生活でも実現したい。
そんな思いを実現していく中での気づきを中心に書いています。

経営者としての日々を過ごし、現在はヒーラー、カウンセラーとして活動をしています。
以前までは、ビジネスで成功して稼ぐということは「自分を犠牲にすること」と思っていました。
頑張って、頑張って、頑張った末に得られた成果にこそ意味があると思っていたのです。

頑張る世界観の中での生き方から、毎日を楽しみながら、自分らしく生きる道があることを知りました。
まだまだ道半ばではありますが、わたしの経験や気付きをシェアすることで皆さんに少しでもお伝えできるものがあれば嬉しく思います。

【ホームページ】自分らしく生きる学校(https://kanyonei.com)

【YouTube】自分らしく生きる学校 @Youtube

この記事の目次