一悟術

子どもの幸せを願うなら教えるべき「母の教え」 

子どもの幸せを願って渡される「母の教え」って誰にでもあるものでしょうか。時に「母の教え」というのは子どもの人生を縛ります。ここでは私を縛った「母の教え」を振り返って、親が子どもの自由な人生のためにできることや教えられることを書いてみようと思います。

母の教え

私の母の教えは「好きなことで食べていけ」でした。好きなことや得意なことを一つでもいいから見つけて、それを仕事にするようによく言われたものでした。そうすれば人生に満足できる、幸せになれると言われました。

「好きなことをやりなさい」とやりたいと言ったことはわりと応援されることも多かったと記憶しています。「いい大学に入りなさい」とか「ちゃんと就職しなさい」とか言われた記憶はありません。「勉強しなさい、宿題やりなさい」も中学に入ってから言われたことはなく、好きな教科だけ気ままに勉強していたものでした。

それだけ聞くと自由に育てられたように聞こえるかもしれません。

人生の呪縛

自由そうに聞こえる「好きなことで食べていけ」という母の教えが私の人生を縛りました。次第にそれが何かする時の条件となっていったからです。何をするにも「これは好きなことをして食べていく人生につながるだろうか」というチェックが入るようになりました。

だからすぐに可能性を感じないものは遠ざけてきました。次第に意味を感じることだけを精査して生活するようになりました。そのような生活は遊びがなく窮屈だと感じていました。でもその時はなぜそのようなことになるのかわからなかったので、どうすることもできませんでした。

意味や意義の有無を考えるにつれて、私はだんだんと感覚を閉ざすようにもなりました。「これをやってみたい」「楽しい」そういう感覚がなくなっていったのです。タスクをこなすような毎日に感じたこともあります。

でも、自分が幸せに生きよう、満たされて生きよう、自分らしくいようと思った時に、自分の感覚を感じられることは非常に重要です。自分がこれが好きだとか、これをすると満たされるとか、そういう感覚がわからなければ、自分が満たされて幸せになる環境を自分に用意することが難しいからです。

呪縛が生まれるメカニズム

母の教えが私を縛ったのはなぜでしょうか。それは私の中に自己否定感があったからです。自分は価値のない存在だ、自分がいることは周りにとってマイナスだ、という感覚です。私は自分には価値がないと感じていたので、自分の価値をなんらかの形で証明する必要がありました。それは母が認めてくれる姿になることでした。

多くの子どもに当てはまることですが自己否定が強いと「ちゃんと勉強しなさい」と言われれば、ちゃんと勉強する成績のいい子になろうとするだろうし、「人に優しくしなさい」と言われれば人に優しくできる心優しい人になろうとすることでしょう。

私の場合は「好きなことで食べていけ」という母の教えを体現することで母に認められ、自分の価値を感じようとしました。そして、それに縛られてしまったのです。子どもの中に自己否定感があれば、何を言っても人生を縛るものになる可能性があります。

それは褒め言葉でも同じことです。例えば、私は家事を手伝うようによく言われていました。本当に嫌で、食後の洗い物なんて嫌すぎて吐き気がしていたものですが(笑)ある時から料理がしてみたくなって、ご飯を作るようになりました。それから晩ごはんは私が作ることが増えました。

母は当然、感謝してくれるし、褒めてくれます。最初は気が向いたからやっただけなのですが、私は褒められるため、認められるため、自分の持っている自己否定感を打ち消すためにごはんを作り続けました。そうやって、気がつけば褒め言葉が私を縛りました。

不自由さの裏にあるメリット

そうやって何かに縛られていれば、言い訳ができます。「だってそう言われたんだもん」と自分を見つめる必要も責任をとる必要も無くなります。だから本当は自分の無力さを認めたり、向き合うことから逃げたりしたかったのです。その代わりに自由な人生を諦めました。

そうすれば自分に内在する自己否定感も感じなくてすむからです。これは縛られることの最大のメリットだったと思います。それでも顕在的には縛られない自由な人生を望みました。

そして自分の内面を見つめるうちに、自分から見えないように隠していた自己否定感逃げに気がつくことになりました。自分への隠し事はそう長くは続かないようです。

人生を縛るのは誰か

「好きなことを仕事にしなさい」と言われて、そうしなければと思ったのは自己否定感を抱えた私です。褒められて、その褒め言葉に縛られることを選んだのも私です。

そう考えると私の人生を縛っていたの母ではなく、私だったのです。

しかも、母の教えも、全く同意することがなければ受け入れることはなかったと思います。私の中にも同じ感覚や考えがあるからこそ、それを受け入れて囚われてしまいました。そう考えると実は呪縛も自分らしさの一部だったりするわけです。なんだかどうしようもない感じですね。

こんな話を聞くと、「じゃあ、親は子どもに何も言えないじゃん!」「できることなくない?」って思いませんか。そうです。何を言っても、どう接しても、それをどう受け取るかは子ども次第です。ここからはどんなサポートができるのか、私が自由になった経験を振り返って書いていこうと思います。

自由な人生へのサポート

呪縛は自己否定感から生まれます。だから自己否定感は少ない状態でいられることが呪縛を生まない状態と言えます。自己否定感は親から子へ連鎖していきます。だから親が自分自身の自己否定感をケアしていることは非常に重要です。

自己否定感はバーストラウマやインナーチャイルドから生まれます。それらを癒すことは親から子への自己否定の連鎖を止めることに役立ちます。

癒し方はどのくらい深いレベルのものを癒すかによって様々です。ヒーリングや瞑想などの非言語のツールは深い部分を癒すし、心理学的アプローチは比較的浅い部分から自力でアプローチすることができます。体からのアプローチもあります。

呪縛への特効薬

自己否定感が少ない状態は大前提なのですが、ただ自己否定感が少ないだけでは呪縛から自由になることはできません。

人はいろんなものから影響を受けて成長します。だからその影響をゼロにすることってむずかしいです。影響を受けたとしてもそれを呪縛にしない力が必要です。

人から影響を受けて、それが呪縛になってしまうのは、影響に振り回されてしまうからです。それに振り回されない状態を作るために必要なのは、様々な影響を受けながらも自分の人生をどうするか自分で選んでいく力です。

母の教えを受け入れるかどうかは自分が決める、自ら選ぶという発想が必要です。それは自分の人生を描くのは他でもない自分だとか、自分の人生を決めるのは自分だという主体性です。

子どもが周りの言葉や状況をどう受け取るかは周りにはコントロールしようがありません。でも主体性が子どもの中で育まれれば、子どもは自分の力で選び、自分の人生を自由に描くことができます。主体性を身につけた時、どんな教えも影響も、子どもの人生を縛ることはできません。

いちばんの母の教え

子どもが自由な人生を手に入れるために必要なのは、呪縛を与えないように、傷つけないように気をつけることよりも、主体性を育むためのサポートをすることです。

そのためにはまず大人が主体的に生きる場所に立ち、そのためにどんなことが重要か体験することが必要です。だから子どもの自由な人生をサポートすることは、他でもない自分の自由な人生をサポートするのと同じことなのだと思います。

そうやって自分を生きる背中こそ、子どもにとって母の教えとなるのかもしれません。

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