一悟術

心触れ合う近所付き合いが、活路をひらく 

人にとって“付き合い”という問題は、人間の歴史が始まって以来、常に与えられてきた問題としてあげられるでしょう。また、人と人との問題について多くあげられる中で、専門家たちが意見をぶつけ合った課題のひとつとして注目することもできます。そうした中で、ひとつの問題解決策として「孟母三遷」という故事が引き合いに出されることがあるようです。

「孟母三遷」とは、中国、戦国時代の思想家孟子の母親が、孟子の教育のために三度も住居を遷ったとの故事のことをいいます。漢の劉向撰の『列女伝』一に示されている内容になりますが、孟母は初め墓地の近くに居を定めますが、孟子が葬式のまねばかりするので、市場の近くに転居します。

すると今度は商売人のまねをして遊ぶので、ここも我が子のためにふさわしい所ではないと、学校のそばに居を移しました。すると、孟子が喜々として礼儀作法のまねをするようになったので、孟母はこここそが我が子のいるべき所だといって、ついにここに住居を定めたと伝えられています。

とはいえ、現代の社会情勢のもとで三遷したり、四遷したりして問題が解決することができるかと問われると疑問が残ります。また、経済収入・境遇によっては三遷したり、四遷したりする余裕がないことも多いでしょう。

今日まで私たちは、親と子、様々な環境と自分(人間)という関係について、あまりにも考えてこなかったために、見当違いなところに改善点を見出して、取り組むけども結果に結びつくことが出来ないと嘆くことはなかったでしょうか。

しかし、問題解決の鍵は身近にあります。それは自分を取り巻く人や、環境との関係性を改めることです。気がついていても、なかなか手をつけることが難しいと感じているのは、実は思い込みなのかもしれません。

今回を良い機会として、身近な「近所付き合い」から見直し、日常生活のあり方や接し方について考えてみてはいかがでしょうか。

 

1、人は人、自分は自分

人は人、自分は自分

先述した「孟母三遷」という故事がありますが、内容は先ほど示した通りです。賢婦人で名高い孟子の母が、住居を墓の近所、市中、学校のそばへと三回も変えて孟子を教育したという内容を取り上げました。

これまで、家庭、社会、地域と、様々な場所で耳にする「環境の持つ力」。この力について「孟母三遷」は、非常に理解しやすいものとして活用されています。しかし、そうした中で違った見方をすることもできるようです。

それは、ある教育研究成果の発表によれば、子が非行に走った場合、約半数(48%)の母親たちが「友達が悪かったから、うちの子供は悪くなかった」と話したと言います。そして「家庭環境に問題があったかもしれない」と回答したのはわずかに10%であったと言います。もちろんこの「家庭環境」といっても、その内容は複雑にからみあったものとして考えることができるでしょう。

「友人が悪い」とか「環境が悪い」とかいうのは、人と人との繋がり、また環境と人間との繋がりを理解していないことから派生する問題としても扱うことができます。

大切な子供たちを守るために、私たちに求められることは「コミュニケーション力」です。子供たちを支える大人たちが、どのくらい他人と関わり協力していけるのか。その力を子供たちに見せて教えていく。つまり、お手本になる必要があるのです。

また、子供に「コミュニケーション力があるのか」、「本当の友達を何人持っているのか」という点もしっかりと観察していく必要があります。そうしたことに取り組むことも大切なことですが、まずは親が共に尊び、共に栄えていけるような繋がりを形成していく事です。そして、子供が望んだように子育てをしてくところに、人と人、環境と人との繋がりを伝えていく糸口があることを忘れてはいけないでしょう。

 

2、ひとつながりの人間関係

ひとつながりの人間関係

「人間の運命は人間の手中にある」と述べたのは、フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルです。人生には様々な可能性があります。何を選び、どの道に進んでいくかは、自分の責任において決定していかなければなりません。

つまり、運命というのは結局その人が決めるものなのです。運がいいとか悪いとか、自分以外のものに責任を転嫁していないで、事にあたっては逃げ腰にならず、正面から挑んでいきたいものだとの解説を加えることができます。

また、「各人の運命は各人の手中にあり」と述べたといわれるイギリスの提督シドニー・スミスの言葉からは、境遇や運命はあらかじめ決まっていて、そうした現象に私たちが飛び込むのではないということが伺えます。

つまり、その人の心の状態によって、境遇も運命も変化していくものですから、苦しいことがあっても、心境が高まってくれば、苦境がさらなる飛躍へのジャンプ台へと変貌することをいいます。逆に捉えれば、もうだめだと思った時に、だめになる、ということです。

人もまた、心より親切にすれば、その親切を裏切ることができないものです。真心からつくしていけば、いわゆる悪友のなかにも良友を得ることに繋がります。

また、世の中には語るべき友人を持たずに、心を開くべき付き合いも持たず、孤独に生活をする中で、非常な苦痛のあまり、声にならない声を漏らす人もいます。「人が誘ってくれない」「人が訪ねてこない」等々、それらは自分が良い友になろうとか、自分から心を開いてみよう、打ち明けていこうという心の姿勢がないために現象化したものです。結果、人間関係が合わせ鏡のように表現されるよう人、その関係性は崩れていくのです。

全ては、自らの現象が映った姿にすぎません。まず自分から動いていくことが人と人との繋がりを構築し、堅固にしてくれるとの意識を持てるとよいでしょう。

 

3、私たちにできること

私たちにできること

良い環境に住み、良き隣人に恵まれ、子供がより良き師に、より良き友人を得ることは、どれだけ親の心を癒すことでしょう。

しかし、そう簡単には事は進まずに頭を抱えて悩む人が多くいます。そうしたなかで、子供のしていること、心の持ち方などが親そっくりであることを無視することはできません。子供は親にそっくりなのです。それ故に子供のすることなすことを静かに観察して、親自身の生活を改めることが先決となります。そして我が子に広く大勢の良き友を得させたいと願うならば、日常の行動に心境面をプラスして動き出すことをお勧めします。

意識しやすい3項目を示すと次のようになるでしょう。

 

①現在の境遇に感謝すること

②隣人と仲良くし、関係を深めること

③すべての人を尊敬すること

 

そして、今日一日ありがたい日であったと「感謝」の心を深くし、今日一日のすべての事柄に喜びとお礼の心を持つことを忘れてはいけません。すべてのことに「愛する」心を持って締めくくり、明日の目覚めを爽やかにスタートしてみてはいかがでしょうか。

 

最後に

最後に

人はこれまで互いに支え合って生き、生かされて今この時があります。またこれからの人生においても変わることのない関係をさらに拡げながら、生きていくことでしょう。

多くの人から恩恵を受けてきた中でも、両親から受けてきた愛情は何物にも変えることができない大切なものです。また、辛い幼少期があったとしても、今の生命があるのは、両親がいて初めて存在しているものでしょう。

今ここに立って、悩み、苦しみ、考え、動き、評価を得る。色々な事柄が溢れている現状を自分ではない他のものに責任転嫁してしまっては、この先人生を歩きにくいものにしてしまいます。

まずは、周囲との連携を取りながらコミュニケーション力を向上させ、場を整えていく流れを構築していってはいかがでしょうか。中にはなかなか行動に移せない場合もあるかもしれません。そうした時には、心の中で今日一日お世話になった方々の顔を思い浮かべてみてください。

名前や顔が浮かんでくれば一番良いのですが、記憶が曖昧であったとしても、情景をイメージすることができれば、その場面で感謝の気持ちを心の中で伝えていくことで、翌日には挨拶を交わすことができる自分になっているかもしれません。

しかし、中には簡単に挨拶を交わすことのできない人もいるでしょう。そうした時は、心の中でも構いません。「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」と意識を向けてみてください。そうした積み重ねが、自らの心の中に変化をもたらします。

時が経てば、気がついたら挨拶していた、なんて思う時がくるかもしれません。

ご近所付き合いは難しい面もあります。だからと言って全く関与しなければ、自分の可能性に蓋をしてしまうことになります。

身近なご近所関係から行動し、職場での人間関係へ、繋がりの輪を大きくしていってはいかがでしょうか。

すると、これまで抱えていた悩みや重荷が思わぬ形で“フッ”と軽くなることでしょう。是非試してみてください。

汪夕龍
1980年千葉県生まれ。建築設備業界で10年間、専門技術管理者として働く。 その後、企業経営者を対象としたセミナーを、7年間で約500会場経験。同時に執筆・指導に従事した。 2017年6月新たな可能性を見出し、一悟術ヒーラーとして活動を開始。 これまでの経験を活かし、多くの方々と共に心の勉強をしていこうと現在模索中。 HP:https://wangxilong.amebaownd.com/
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