一悟術

「悩みを吹き払う」ちょっとした日常行動 

日本人の中には挨拶が得意な人もいれば、不得意な人もいます。また、海外からの旅行者に言わせると「日本人は挨拶が下手」とされている傾向にあるようですが、もともと日本の国は「あいさつ」言葉の豊かな国とされています。

自然との調和を大切にし、四季折々の変化にともなって、変化する情緒豊かな挨拶が数多く存在していることを知っている方々も多いことでしょう。

地方に出向けば、現在でも見知らぬ通りすがりの人にでも、挨拶を交わす美しい風習が残されているところもあります。

今回は、現在廃れかかっている「あいさつ」について取り上げていきます。そして、あいさつの意義と、素晴らしい力を改めて感じていただければと思います。

また、挨拶に近いかもしれませんが「はい」といった返事についても取り上げながら、日常生活の人間関係の向上を考えることができるよう展開していきます。

 

1、挨拶・返事が出来ない日本人?

挨拶・返事が出来ない日本人?

 

自分自身がよく知る人や身内に対しては、挨拶・返事が苦手ということはないかもしれません。しかし、知らない人や海外の人に対しては、苦手意識が顕著に出るようです。なぜ苦手意識が現れるのでしょうか。

人見知りのために挨拶返事が出来ないといった考え方は、多くの人が感じていることでしょう。しかし、そうしたことは表面上のことで、深く原因を掴もうとすると、いろいろなことが考えられ、見えてくるようです。

苦手の理由は人それぞれにありますが、ことわざ等から「口は災いのもと」や、「雄弁は銀なり、沈黙は金なり」などと言われてきたこと。男性をターゲットに「男は一年に三口喋ればよい」と言われてきた時代があったことを考慮すると、現代において挨拶・返事が苦手な理由として、日本人の気質として考えられる側面があるのかもしれません。

また、挨拶や返事は大切なことで、きちんと行うべきだと理解しているけども、「恥ずかしい」「照れくさい」「面倒くさい」「いまさら…」などという心が動いたためにその機会を失う場合や、形式や礼儀、虚礼などと考え過ぎるために、挨拶ができない人もいるようです。なかには「偉ぶる心」が邪魔をして、挨拶や返事をさせないこともあるでしょう。

そうでなくとも、日常において行動しようとしてもなかなか動けなくなってしまうことは多々あることでしょう。少しテーマと離れてしまうかもしれませんが、ここで動けなくなってしまう心の状態をあげてみたいと思います。

少し眺めてみましょう。

 

◯憂える(クヨクヨと心配する感情)

◯恐れる(ビクビクして不安に思う感情)

◯怒る (カッカとして腹をたてる感情)

◯あせる(早く抜け出したいと急ぎせかせかする感情)

◯ねたむ(人の幸福をうらやましく思う感情)

◯憎む (過去のことにしがみつき、執念深く嫌う攻撃的な感情)

◯悲しむ(いつまでもジメジメと嘆きはかなむ感情)

◯怠ける(やるべきことをやらず、ずぼらをして気をぬく感情)

◯ひがむ(人のせいにして自分を甘やかす感情)

◯のろう(人の不幸を望み、執念深く排斥する攻撃的な感情)

◯悔やむ(過ぎたことをいつでも忘れずクヨクヨ思う感情)

 

等々のいろいろな感情が私たちの行動に制限をかけているように考えられます。心が暗く沈んでいき、生きていく意欲さえも奪う、喜ぶことのできない心の動きともいえそうです。こうしたマイナスの感情が、病気や事故だけでなく人間関係のもつれなど、人生の一切の原因になっていると考えられないでしょうか。

こうした感情とうまく付き合っていくことも大切なことですが、少しでも軽減させることで日常が少しく軽く、人間関係を豊かにしていくことが可能となります。少しでも軽減させるための行動として提案することができるのが、今回のテーマでもある「明るく元気な挨拶」と「爽やかな返事」の行動となります。

先述した“ことわざ”にもあるように、挨拶や返事が出来ない…。いや、察しと思いやりの文化だから、“しない”ことが日本人の気質だと考える方もいるかもしれません。しかし、「挨拶」「返事」が希薄になった一番の理由は、その「意義」を忘れてしまったからだと考えられないでしょうか。

 

2、明るく元気な挨拶

1)あいさつの意義

あいさつの意義

 

まず、「あいさつの意義」について考えてみましょう。挨拶にも、虚礼といわれるものがあります。コメツキバッタのような挨拶やごまかしの挨拶、欲に絡んだ挨拶や出世のための挨拶など、しきたり等で仕方なしに交わした挨拶は、この場面で取り上げる挨拶には程遠いものだということは理解しておいてください。

挨拶は、人と人とを結び合わせるものです。相手を尊敬し、暖かな心情を傾け、嘘偽りのない心で交わすものを挨拶として意義つけられないでしょうか。

こうした美しい心の交流が、まず1日の始まりに、“朝の挨拶”として交わされます。「おはようございます」と互いに交わす言葉には、今日を気持ちよく始めることができる爽やかなものであってほしいものです。

そして、1日の締めくくりには“夜の挨拶”を交わします。「おやすみなさい」「お疲れ様でした」と言葉を交わして、気持ちよく休むことです。そして翌日、朝の挨拶から始め、繰り返し続けていくことが大切です。

挨拶は1日に何度してもいいものです。それでも最低2度の挨拶を繰り返し行ってみてはいかがでしょう。そして、その時に形ばかりの挨拶では相手に何も伝わらないことを覚えておいてください。必ず相手に対する“尊敬の念”と“感謝の気持ち”を忘れずに、心から頭を下げ、言葉を交わすのです。

こうした“心”の尽くすことで、互いの信頼関係を強くし、繋がりや絆を深く強く形成していきます。さらに交わされる挨拶によって、お互いに気持ちが高揚してくる感覚を感じられるようになったら、素晴らしいことです。

なかには「一人暮らしだから」「外に出ないから」「誰にも会わないし」等々言われる人もいるかもしれません。そうした人は朝、鏡の前に立った時に映る自分自身の姿に向かって挨拶をしてみてはいかがでしょう。一見おかしな光景かもしれませんが、続けることで自信を持つことができたり、勇気が湧いてきたりするものです。是非試してみてください。

さて、親と子の挨拶はどうでしょうか。子供の“まごころ”のこもった挨拶であれば、親はその“まごころ”を受け止め、親の愛情を子に渡すように挨拶を交わします。このような繋がりは、親子感だけでなく夫婦間でも大切な交流になります。

そして、こうした交流は事業の上でも商売の上でも非常に大切なこととして、長年注目されていることです。挨拶は多く発信されても受け止められなければ、その想いは投げ捨てられてしまうことでしょう。

互いに相手を思いやる“まごこころ”に着目し、挨拶を通して相手に愛情を伝えていってはいかがでしょうか。

 

2)あいさつは先手必勝!

あいさつは先手必勝!

先手の挨拶とは、相手が挨拶をしてくるのを待つのではなく、自ら先手で行うことです。なぜ先手で挨拶することが推奨されるのか。その理由のひとつとして、会話の主導権を握りやすくするためだと言われています。

反対に、後手の挨拶の場合はどうでしょうか。実際に経験したことのある人もいるかもしれませんが、相手に先を越されることで、終始受け身の体制で時間が過ぎてしまうということが起こりがちだと言われています。

また、先手の挨拶をしたとしても、心内に“探り”や“疑い”といった欲深いものが潜んでいたら会話の主導権を握るどころか、相手は話を聞いてくれないことも現象として現れてくるものです。

挨拶は、思いやりのある親切なこころを美しく交わすことにあります。今日という二度と来ない良き日に、相手の心に燃え栄えるような生命を吹き込むように挨拶をしていくことが大切になります。

そうした挨拶を交わすことによって、どんなに気まずい間柄であっても、必ず人間関係は好転していくものなのです。さらに続けることで、周囲の環境までも和やかにする働きを持っていることを意識しておきたいものです。

 

3、爽やかな返事は、主役の道

爽やかな返事は、主役の道

 

「はい」というと、相手のいいなりになるような主体性のない服従や屈服の道と考えられがちですが、そうでもありません。「あ〜でもない」「こ〜でもない」ともたつく心を「はいっ!」の一声によって吹き払い、その時その場をそのまま受けきることに大切なポイントがあります。

イエス・キリストは「人もし汝の右の頬を打たば、左の頬を出せ。下着とらば、上着も与えよ」(『マタイ伝』第5章39節)といった言葉を残しています。

右の頬を打たれた時点では、相手が動き手で「主」導権をもち、こちらは受け身で「従」となります。しかし「はい」と左の頬を出した時、主従の立場が一瞬にして転換します。なぜなら、今度は相手が“打たせていただく”という受け手になり、こちらが動き手となって「主」導権を奪うのです。

こうした場面で大切なことは間髪を入れずに「はい」と動くことです。そうすることで相手は、左の頬を叩くことができなくなってしまうことでしょう。

日常的な場面で置き換えた時にはどうなるでしょうか。家庭や会社において「これをやってくれ」と言われた時点では、相手に主導権があります。しかし、この一瞬を見逃すことなく「はい」と間髪入れずに受け切った時、こちらに主導権がやってくるのです。すると、その場の主役になって、自分のペースでことを進めることが可能となるのです。

しかしながら、時と場合によって「はい」と言えないこともあるでしょう。そうした時は、自分の心の中に先述した余計な感情が渦巻いているのではないでしょうか。もしくは「はい」という返事が、イエス、ノーの回答と直結していると勘違いをしているのではないでしょうか。返事は、あくまでも受け止める時の一声であることを意識しておいてください。

まずは「はい」の一声で受けること。そうした動きがより良い物事を引き寄せ、マイナス感情を吹き飛ばしてくれます。すると自分が自分らしく、主役の道を歩むことができることでしょう。

 

最後に、基盤は家庭に…

最後に、基盤は家庭に…

 

新入社員セミナーや企業研修などで、挨拶の大切さや重要性を学び、実修を通して体得していくことが多いと思います。しかし、研修期間では完璧に出来ていても、日常に戻るとできなくなってしまうことがあります。

なぜ、こうしたことが起こるのでしょう。考えられることのひとつに、家庭内での挨拶や返事が出来ていないことが挙げられます。こうしたことは、大人になってから始めようとしても、照れくさくて、恥ずかしくて、なかなか出来ないことがあります。

子供の頃から家族間での挨拶が習慣になっている人にとっては、困ることはないかもしれません。しかし、なかなか出来ない人にとっては、非常に厳しい問題となります。なぜなら、挨拶や返事ができないだけで周囲との人間関係がうまく保ことができなくなることが起こるからです。

会社や地域で、周囲に声を掛けづらい感じた時は、家庭内の挨拶や返事事情を振り返ってみてはいかがでしょうか。自分自身が家族に対して「はい」といった爽やかな返事や、「おはよう」「いってきます」「ただいま」「おやすみ」などの挨拶を発していないことがあります。

もしこのようなことに気づくことができたらチャンスです。ぜひ家庭内から挨拶や返事の練習を始めてみてはいかがでしょうか。

声を発していくことは、消極的な性格を、明るく朗らかな、積極的な性格に変えてくれます。さらに、あらゆるものを引き寄せる不思議な力も魅力と言えます。

身近なところで練習を重ね、多くの方々に明るい挨拶や、爽やかな返事を発していってはいかがでしょう。練習して習慣づければ、必ずできるようになります。是非試して、効果を実感していただきたいものです。

汪夕龍

1980年11月、千葉県生まれ。

1999年4月、建築設備業(空調設備・給排水衛生設備・修理、保守管理)の会社に入社。在籍中は、現場監督・営業職・社内経理等を担当。専門技術者として経験を積む。

2010年4月、民間の社会教育団体に入所。前職の経験を活かしつつ、”心の働かせ方”について学ぶ。さらに、「心の働かせ方・考え方」に関するセミナーを全国約1,200会場、講師として経験する。同時に、企業向け情報誌の執筆や経営者を対象に心の経営指導にも従事した。

2017年6月、これまでの経験を活かしつつ、多くの方々と共に”心”の勉強をしていく為の場所として「NextStage(ネクストステージ)」を立ち上げる。現在の活動拠点は、神奈川県三浦市、千葉県南房総市、熊本県菊池郡に置いている。また拠点に関わらず、連絡を受ければ全国何処にでも行動する瞬発力をもって、活動展開をしている。

HP:https://wangxilong.amebaownd.com/

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