一悟術

相手が悪くても罪悪感を感じてしまうワケと対処法 

人とトラブったとき、相手が明らかに悪いのに、なぜか罪悪感を感じる人っていると思います。

実は私もそうでした。

「もしかすると、自分の対人折衝力やリーダーシップ、仕事の能力の問題か?」と思ったこともあります。

でも、こういうことって、そうした能力などとは関係ないところで起きていたんです。

むしろ、このような言われのない罪悪感を感じることで、仕事での能力が発揮できないこともあるほど。

私個人の性格や資質の問題ではなかったんですね。

この記事では、その理由と対処方法について説明します。

1.いい人にありがちな苦労する役回り

公平に見て相手が悪いのに、なぜか自分が罪悪感を感じてしまう。

たとえば、職場でギリギリになって資料の作成を依頼されるとか(期限の前日の朝に頼んでくる)。

領収書は翌月10日までに出すのがルールなのに、それを過ぎて後半になって出してくるとか。

その依頼を優先すると、他の人、あるいは他の部署に迷惑をかけてしまいます。

社内の仕事ルールを守らない相手が悪いのですから、キッパリ断ればよいものを、どうにも罪悪感を感じてしまう。

仕方なく、自分が残業したり、他部署に謝ったりして、泥を被ることに。

でも、相手からは通りいっぺんの感謝しかなく、モヤモヤ。

あるいは、意を決して断り、すったもんだの挙句、なんとか片付いたとしても、やっぱりスッキリしない。

相手の反応が繰り返し思い出されて、やっぱり我慢して手伝った方がよかったかなと、何度も考えてしまう。

逆に、捨て台詞や嫌味を吐かれようものなら、それこそ気になって家に帰ってご飯を食べていても気になる。

下手をすると、夜眠れなくなったり、翌日まで持ち越したりしてしまう。

つくづく損な性格だよなーと思うが、どうにもならず、何で自分はこうなんだろうと、それがまた悩みになる。

こうなると自己否定のスパイラルにハマることも。

2.それは個人的欠点ではありません

明らかに相手の方が悪いのに、なぜ自分が罪悪感を感じなければならないのでしょう。

なぜ一方的にダメージを受け、それが後を引いて、悩まないといけないのでしょう。

それはあなたが、アワ型人間だからです。

アワというのは、カタカムナという日本の上古代(数万年前)の文明に見られる人間の性質に関する言葉です。

女性に顕著に見られる特性であり、女性性と言ってもよいでしょう。

ただ、女らしさなどと混同されることを避けるため、この記事ではアワ(女性性)で通します。

一方、男性性の方は、サヌキと呼ばれました。

******

次に、サヌキ(男性性)とアワ(女性性)の性質を持つ人の特徴について、今回の内容に関係するものを中心に説明します。

アワ(女性性)型の人は、自分より他人を立て、相手に順応しようとします。

他人と争うことが本能的に怖くてできません。

「自分 < 他人」 という関係性です。

自分で何かしようとするより、誰かをサポートして助けるのが得意です。

感受性が豊かですが、行動せずに思うだけで、心の中に貯める傾向があります。

自分から働きかけず、隠れていて、受動的です。

サヌキ(男性性)型の人は、この反対だと思ってください。

表に出ようとする力であり、自ら行動します。

自分を主張し相手を否定してでも、目的に向かって突き進もうとします。

当然ながら、「自分 > 他人」 となりますね。

*****

男も女も、サヌキ性(男性性)とアワ性(女性性)を両方持っています。

両方ないとこの世界では生きられませんが、男はサヌキ、女はアワの質を多く持っています。

ただ、注意すべきは、サヌキ・アワの性質のどちらが優勢かはまた別の話という点です。

男でもアワ性が、女でもサヌキ性が優勢な人もいます。

男女問わずアワ性が強い人をアワ型人間、サヌキ性が強い人をサヌキ型人間といいます。

比率で言えば、サヌキ型とアワ型は、だいたい半々ぐらいです。

(一方が圧倒的に強い人から拮抗している人まで、バランスは人によって違います。)

少し説明が長くなりましたが、言いたいことが伝わったでしょうか。

結論としては、あなたが罪悪感を感じているのは、あなた個人に問題があるわけではなく、あなたがアワ型人間だからです。

これは生まれついてのものなので、あなた自身の責任ではありません。

3.あなたにとっての天敵とは

とはいえ、それがわかったところで、問題や悩みが解決しなかったら意味がありません。

そのための自己理解であり、他者理解です。

では、アワ(女性性)人間であるあなたの天敵とはどんな人でしょう。

これまでの説明で、アワ人間よりサヌキ人間が優位であることはなんとなくわかるでしょう。

しかし、アワとサヌキは本来どちらがいい悪いということはありません。

実は、もう一つファクターがあって、人格が高いか低いか、そこが現実のカギを握ります。

アワ人間にもサヌキ人間にも、高次と低次の2種類がいます。

人格が高いとそれぞれの性質のよい面、長所が、低いとわるい面、短所が発揮されやすいのです。

アワ人間の天敵は、サヌキ人間、それも低次元の人ということになります。

先ほどのサヌキ人間の特徴で、わるい面が目立ってくるとどうなるでしょうか。

自己主張が強く自分勝手で、自分の利益のために人を利用したり傷つけても、何も感じない、そんな人間となります。

罪悪感と最も縁遠い人間といえるかもしれません。

どの職場にも一人はいそうですね。顔が浮かんだ人がいるかもしれません。

こういう人がたまたま能力が高かったりすると、手段を選ばす結果を出し、今の社会だと評価されて出世したりするので、周りに及ぼす被害は甚大です。

4.やさしすぎるのは本当に美点か

低次のサヌキ人間に対して、はっきり言ってアワ人間は無力です。

「盗人にも三分の理」というとおり、どんなことでもこじつけて自分を正当化できるのが低次サヌキ人間の特徴です。

しかも、自分自身何の疑いも持っていませんから、妙に説得力があります。

これに対し、アワ人間は、自分にもわるいところがあったかもと、簡単に思わされてしまいます。

それが罪悪感につながってしまうのです。

また、相手の仕打ちにいくら腹を立てていたとしても、謝られると割と簡単に許してしまいます。

相手も自分と同じと思い、反省しているに違いないと考えてしまうからです。

しかし、相手はあなたほど感じる力を持っていません。

相手はあなたほど応えていないし、口で謝っているだけで、心から反省することはまずないのです。

その結果、あなた自身が再び同じような被害を受けるか、別のアワ人間が被害を受けることになります。

いやはや処置なしという感じですね。

5.あなたの本当の価値

ここまで読んで、アワ(女性性)型人間は、罪悪感に塗れるわ、苦労はするわで、いいところがないと思われたかもしれません。

残念ながらたしかにそのとおりで、その理由は今の社会がサヌキ性(男性性)偏重だからです。

私自身も、アワ人間の一人として口悔しいです。

しかし、方法はあります。

さきほどのべたとおり、アワ人間にも高次と低次があります。

自分にとって事態をよくするには、自分自身が人格を磨いて高次のアワ人間になることです。

高次アワになると、感性が高いので人を思いやり、他人の世話をしながらいつもニコニコしていられます。

かといって、でしゃばらず、表裏がないので、人に好かれます。

低次サヌキ人間に絡まれても、ごめんなさいねーとあっさり心から謝れるので、それ以上のトラブルになりません。

感受性が豊かでもそれを自分を責めることに使わず、知恵を生み出す力にできるので、実はリーダーとしても最適の人材です。

人徳のある高次アワ人間のリーダーの元でサヌキ人間が才能を発揮するのは、社会が矛盾なく発展するための理想の形です。

アワ人間であるあなたの本当の価値といってもいいでしょう。

罪悪感に塗れている場合ではありませんね。

もちろん、自分なんてとても無理、という思いがあってもかまいません。

私も含めほとんどの人が低次だし、「自分<相手」というスタンスも、自分を守りたいという保身から出ています。

けれど、それでいいのです。

私は、よりよく生きるために、そして、世の中を少しでもよくするために、人格を磨いていきたいと思っています。

あなたはいかがでしょうか。同じだといいのですが。。

6.人格を磨くには

それでは、カタカムナが伝える、人格を磨き徳を高める方法をお教えします。

それは「<ミ>を入れる」ことです。

「身を入れる」という言葉として現代まで伝わってます。

対象を好ましく感じながら、ていねいに、じっくり、ゆっくりと行うという意味です。

集中して、無心で、落ち着いてという捉え方でもかまいません。

掃除・料理・細工ものなどの手仕事、具体的には、靴磨き、ガラス拭き、鍋底磨きなど、細かく手指を動かす繰り返しの単純作業が適しています。

女性がする家事に類するものが多いのは、昔の人はその価値をちゃんと知っていたからです。

現代の価値観だと、付加価値を生まない効率の低い仕事のように思われていますが、トンデモない誤解です。

禅の修行でも、作務といって掃除や農作業を行いますが同じことです。

スピリチュアルでは、今ここにいるという言い方もされますね。

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いずれにせよ、感受性が磨かれ、生命力が湧き、閃きを得たり、よい知恵(判断力)が高まるのです。

<ミ>を入れて、感受性、アワ性を高めることで、判断力、サヌキ性が高まるという関係です。

目に見えない微小な世界の物理として、古代の日本人は、その仕組みを解明していたのです。

一心に掃除をすると心が洗われるようになって、元気になるとか、トイレ掃除をしていていいアイデアが閃くとか、誰しも体験があると思います。

それはたまたまや偶然そうなのではなく、徳と知恵を養うための自然が定めた王道だったのです。

<ミ>を入れるのは、なにも作業ばかりではありません。

少しコツが要りますが、思考することにも使えます。

要は、人生のすべての瞬間に<ミ>を入れて生きることで、人格が磨かれ徳が身に付くのです。

7.気長に取り組むことが大切

たとえばちゃんと感受性を働かせて、自分の思考や想念を観察していると、数ヶ月で幸せ感を感じる人は少なくありません。

結果、身の回りの人との関係性がよくなることもあるでしょう。

他方で、自分のアワ性(女性性)が傷ついていたり、感性を閉じていたりしていた場合、なかなか改善がみられないこともあります。

その場合は、性急に効果を求めず、気長に取り組んでみてください。

筋トレみたいなもので、継続することが力になります。

人が固く信じた思いを変えるのは、思うほど簡単ではありません。

たとえば、「受験がうまくいくかどうかで、子どもの人生がほぼ決まる」といったかなり極端な考えでさえ、当人にとっては絶対的な真理に思えたりするものです。

人としてとても大切なものだけに徳を積むことは容易ではなく、一生を通じて続けていくことだと思います。

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とはいえ、急いで罪悪感とおさらばしたい、ラクになりたいなら、まったく方法がないわけではありません。

そういう場合は、一悟術のヒーリングやリーディングをお勧めします。

自分自身の努力と併用することで、早く自分の内面が高まり、低次サヌキ人間のことなど気にならなくなります。

罪悪感を感じることも減ると思います。

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<ミ>を入れるくだりは、かなり端折って書きましたが、学ぶほどに古代の日本人の知恵の高さ、奥深さに感嘆の思いがします。

正しい理解は実践を助けます。

いずれ順番に紹介していきますので、理屈がないと実践できない方は参考にしてください。

以上

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