子供に怒鳴るのをやめたくてもやめられなかった私を苦しめた理想の母親像

「〇〇な母親になりたい。」
「〇〇な母親であるべき。」

自分の中に『理想とする母親』ってありませんか?

私は、昔『理想とする母親像』がものすごく強く自分の中にありました。

例えばこんな感じ。

・いつも一緒に楽しく遊んであげられる
・優しくていつも穏やか
・話をちゃんと聞いてあげる
・やりたいことは存分にやらせてあげる
・常に笑顔
・いつも身なりが綺麗できちんとしている
・そつなく家事・育児をこなす

今思えば「そんな完璧なお母さん、まずいないよなー。」と普通に思えますが(笑)、当時は真剣に『こういう母親であるべき』と思っていたし、そういう母親になろうとしていました。

けれど結果的に、その強すぎる思いが自分を日常的に追い込んだり苦しめる原因になり、思い通りにいかない自分にイラだったり、責めたりすることが多く、そんな気持ちを抱えた状態で家事と子育てをすること自体にストレスが溜まり、子供にイライラしてしまって、怒ったり怒鳴ったりしてしまう…という悪循環を生み出す原因の一つにもなっていました。

でもなぜ、こんなふうに自分を追い込んだり苦しめてしまうのに、『理想の母親像』を追い求めてすぎてしまったのか?

コラムでは、当時の私の体験を振り返りながら『理想の母親像』を追い求めてしまうその心理的背景と原因、そしてそこから抜け出すためのヒントをご紹介していきます。

この記事の目次

私が『理想の母親像」を気づいたら追い求めてしまっていたワケ。

理由その1:母親に対する反発心から

私の母は、今でいう『毒親』っぽいところがありました。

子供であれば当然お母さんに甘えたいし、優しくしてほしい、いっぱい褒めて欲しいし、認めてもらいたい、一緒に楽しく遊んでもらいたい、話もいっぱい聞いて欲しい。

そう思ったり感じたりするのが自然だと思いますが、私の母親の場合、基本的に、褒めたり認めたりするというよりは、暴言とまではいきませんが、基本的に否定的な言葉の投げかけ「あんたにはできへん。無理。あかん。」などが多かったです。また、やりたいことをやらせてもらえるというよりは、母がやってほしいことを(習い事など)を頻繁にやらされていました。(まあ、私自身、自我が強かったので、イヤなものは片っ端からやめていきましたが(笑)。
今振り返れば、多少、毒親の片鱗を感じさせるものはあったものの、小さい頃はまだそこまでひどくなかったのかもしれません。「毒親」さが加速したのは、私が小学校高学年の時に両親の関係が悪くなり完全に別居してからでした。そこから過保護・過干渉がひどくなりました。

例えば、

・いじめにあった時など本当に助けて欲しい時は全くちゃんと話を聞いてくれない。
・成績や進路のことはうるさく口を出してくる。
・バイトなど何かしたいことを始めようとしたときに「どうせできない」と頭ごなしに否定する。

・期待どおり結果を私が出さないと姉に私の文句や愚痴を言う など

成長していくにつれ、こんな態度や振る舞いをする母に対して「普通、母親ならこうするべき!」と言う反発心がどんどん膨れ上がっていきました。

他にも日常的にも細々したことはありましたが、母親は私が結婚して家を出ていくまでそんな感じでした。

小さい頃から蓄積していた母に対する不平不満、恨み辛みなどいろんなものが入り混じった感情が溜まりに溜まった結果、いつしか「母のような母親だけには絶対にならない!」と固く心に決めていました。

そして、連動するように「母親なら本来こうあるべき」とか「自分が母親になったらこんな(良い)母親になる」と言う強い気持ちが母に対する反発心に比例するかのように育っていたようでした。

理由その2:「そのままの自分では認めてもらえない」というインナーチャイルドから

インナーチャイルドと呼ばれるトラウマ(心の傷)をご存知でしょうか?

幼少期~成人期までの間に形成されるトラウマ (心の傷)で傷ついた出来事や満たされなかった欲求が主な原因になります。その根本は幼少期の家庭環境・親(養育者)との関係性の間で作られるトラウマがベースとなることがほとんどです。これをインナーチャイルドと言います。

私の場合、<理由その1>で書いたような家庭環境で育ったことや、いじめなどの体験も重なって、大人になる頃には「そのままの自分では認めてもらえない(受け入れてもらえない)」という感覚にいつしか覆われていました。

「そのままの自分では何をどうやっても認めてもらえない。だから、周りから認めてもらえるようなちゃんとした母親になれば認めてもらえる。」

当時、そこまで自分の中ではっきりわかってたわけではもちろんありませんが、今から思えば、小さい頃親から欲しくてももらえなかったもの(承認感など)を理想の母親になることで得ようとしていたのだと思います。

それぐらい私のインナーチャイルドは強かったんだなあと今あらためて感じます。


『理想の母親像』は、実は私が母にして欲しかったこと。

私の『理想の母親像』のうちの一つに
「いつも一緒に楽しんで遊んであげる」というものがありました。

これは、いつも家事で忙しくしていた母にほとんど一緒に遊んでもらえたことがなく、いつも遊んで欲しいと思っていた自分の気持ちからできたものでした。

大人になってから「いつも母親に遊んで欲しいと思っていたこと」はキレイさっぱり忘れていたのですが、自分が子育てをするようになってから「そういえば、お母さんに遊んでもらいたかったな…。」ということをよく思い出すようになっていました。

「子供の話をちゃんと聞いてあげてる」

基本的に、母に「自分の気持ちを聞いてもらえる」というはほとんどありませんでした。一番ショックだった出来事は、幼稚園が嫌すぎて不登園したときに理由も聞かないで無理やり幼稚園に連れて行こうしたこと。小さいなりに幼稚園に行きたくない理由はちゃんとありました。話しもろくに聞かず無理やり幼稚園に連れて行こうとする母親を見て「お母さんは私の味方をしてくれないんだな」と小さいながらにショックを受けた記憶があります。そんな感じで母には常に「話をちゃんと聞いてほしい」という思いを抱いていました。

「子どもがやりたいことは存分にやらせてあげる」

だいたいやりたいことやろうとすると止められるか、大体頭ごなしに否定されるか、どっちかのパターンが多かったですね。
小さい時は、自分がやりたいことより母が私にやらせたいこと(習い事とか)やらされてばかりでした。まあ、嫌だったのですぐにやめてやりましたが(笑。それでも頭ごなしに否定されるって子供心にはショックだし悲しいことでした。

こんな感じで、小さい頃、自分が本当は母親からして欲しかったけれどしてもらえなかったことを、自分自身が子供にしてあげることで欲しかったものを無意識に得ようとしていた心理も働いていたように思います。

実はこの心理の働きもインナーチャイルドが原因でそうなっているのです。


「理想の母親像」を追い求めすぎて自分を苦しめてしまう人の特徴

私のように「理想の母親像」に縛られてしまって自分を追い詰めたり苦しめてしまう人の最大の特徴は、基本的に自己肯定感が普通の人よりも低い傾向にあることです。

その原因は、<理由その2>で書いたインナーチャイルドによるものです。

私の事例でいくと

・いじめにあった時など本当に助けて欲しい時は全くちゃんと話を聞いてくれない。
・成績や進路のことはうるさく口を出してくる。
・したいことを始めようとしたときに「どうせできない」と頭ごなしに否定する。 など

上記のようなことが原因となりトラウマ(=インナーチャイルド)ができた結果、「そのままの自分」を自分自身で認めることができない自己肯定感の低い状態で大人になります。

この自己肯定感が低い状態というのは、

・何をやっていても常に自分のダメなところ、できていないところに意識が行きやすい

・「もっと頑張らないといけないんじゃないか?」という焦燥感にかられることが多い

・やったことに対して「ちゃんと全部やれたorやれていない」という<ゼロか100か>の物差しで見てしまうため、少しできたとしも全部できなければできたことにはならない

こう言ったネガティブな物事の捉え方、思考パターンを生み出しがちになります。

なので、どんなに頑張って理想の母親に近づこうとしても、極端に言えば完全に完璧な「理想の母親」にならない限りは、どうやったって自分の評価はいつまでたってもマイナスのままという、常に厳しい評価を自分自身に下しています。

だから、気持ちや心の中がいつもなんだか苦しくてしんどい状況が延々と続いていくのです。

「理想の母親像」を追い求めることの負のループから抜け出すための5つのステップ

ステップ1:とにかくまず自分が「理想の母親像」を無意識に追い求めてしまっている事にハッキリ気づくことが何より重要です。
気づけないことには、抜け出すための解決策も見出せません。

ステップ2:気づけたら自分がどんな『理想の母親像』(「〇〇な母親になりたい。」「〇〇な母親であるべき。」という類のもの)を思い描いているのか、思いつく限り書き出してみましょう。

ステップ3:できれば書き出したものを記憶するようにしてみてください。

ステップ4:日常過ごしているときに、気持ちや心の中がなんだか苦しくなっていることに気づいたら、記憶した(覚えていなければ書き出したものをみて)「理想の母親像」を思い出して、それと今の自分を比べて自分をダメとしていないかチェックしてみましょう。

ステップ5:自分が実際やったこと(もしくはできたこと)に目を向けてみましょう。「できたことリスト」を書いたりするのもいいかもしれません。

まとめ

「理想の母親像」を追い求めることが決して悪いわけではありません。けれど、私のように追い求めすぎてしまって、結果的に「理想の母親像」に縛られて、そうなれない自分をつい責めて苦しんだり自分自身を追い込んでしまう母親の方が意外に多いんじゃないでしょうか?
一番覚えていて欲しいことは、「理想の母親」に仮になれたとしても、自分自身や家族が本当に幸せになれるかどうかはわからないということです。
あれだけ「理想の母親」に自分を近づけようとしていた私ですが、インナーチャイルドによるトラウマの改善が進むとともに「理想の母親象」を追い求めることすらなくなり、今や家族も認めるズボラ母・ダラ奥へと路線変更しました。(笑
けれど、「理想の母親像」を追い求めていた頃とは比べものにならないぐらい、自分自身も家族も毎日を心穏やかに毎日を楽しく過ごせています。
そうなれたのはもちろんトラウマの改善を続けてきたことが大きな要因ではありますが、今の等身大の自分をそのまま認めることを続けてきたことも重要な要素だったように思います。
自分自身や家族が日々笑顔を絶やさず、心から穏やかに過ごせるようになるには、まず、母親である自分が今の自分自身を認めることから始まります。
まずは、日々自分が母親として頑張っていることを自分自身で認め褒めてあげるところから始めてみませんか?
私・ぽのもしっかりサポートしますので、いつでもご相談くださいね。
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この記事を書いた人

”気にしいさん”(人の目が気になって生きづらい方)専門カウンセラー
セルフイメージ改善の専門家

「人にどう思われるか」気にしがちな人(気にしいさん)の人付き合い・自分自身の悩みの解決になるようなヒント・考え方・方法などを実体験や心理学的な観点から発信している。

自身も元”超絶気にしい”であった。
小学校高学年の時に体験した両親の離別・いじめを機に「どう思われてるのか」いつも気にする性格に一変。常に人目を気にして自分らしくいることができない息苦しさや生きづらさを抱えるようになる。

社会人になることには、人目を気にして自信がなく劣等感とコンプレックスの塊となっていた。

そんな人生と自分自身から脱却するため試行錯誤し、ようやく人目を気にしない堂々と自分らしく生きれる人生と自分自身を手に入れる。

自分らしく生きれるようになっていく過程で、2011年より、昔の自分と同じような悩みを抱える人が自分らしく自由に生きていくことができるようになるための個人セッションを始め、これまでのセッション回数は1500件を越える。

現在は、幼少期のトラウマとセルフイメージの改善を専門にセッションを行い、セラピスト、コーチ、建築士、メイクアップアーチスト、看護士、会計士、教師、主婦、会社員、自営業などさまざまな職種の方とご縁をいただき日々活動をおこなっている。

(著書)
人付き合いは苦手な方がいい〜気にしいさんが自由に楽しく生きるための方法 https://amzn.asia/d/5V8JkhH

(資格など)
◇一般社団法人感情カウンセラー協会認定感情カウンセラー
◇インナーチャイルド専門リーダー
◇エキサイトお悩み相談室カウンセラー
◇ヘテロクリニック提携カウンセラー

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