先行きの見通せない時代、これからどうなっていくのか、不安に思われている方も多いのではないでしょうか。
まず浮かぶのは、現在渦中にある新型コロナウイルスのような新種の感染症。
健康への脅威はもちろん、目に見えないほど小さいウイルスが、人が集まることを前提とした経済や社会の仕組みを変えていきます。
また、コロナ禍の世界経済への深刻な影響が本格化するのはこれからです。
しかも、多くの専門家がさらに新手のウイルスが出現することを確実だといいます。
新型コロナより致死性の高いウイルスが出てこないとは、誰も言い切れません。
そして、昨今の異常気象です。
異常だ異常だ、数十年に一度の大雨などと言われますが、実際は毎年のようにそれが起きています。
毎年起きるのなら異常ではなく、もはやそれが「常」(つね)なのではないでしょうか。
私には人間の意識や行動を改めるようにという自然からの警告だと思えるのですが。。
けれど世の中の多くの人はそんなことはつゆ程も思わず、日々やるべきことや欲求を満たすことに余念がないです。
さらに、日本には大地震というリスクも存在します。
数百年周期の地震活動期に入ったといわれ、首都直下、南海トラフなどが明日発生してもおかしくない、しかも数十年という期間ではほぼ間違いなく起きることなのです。
他にも、経済のマイナス成長、少子高齢化、人口減少、孤独死問題、年金制度、保険医療の破綻など、社会を見渡しても我が国は急坂を転げ落ちています。
このように考えれば、不安になるなという方が無理に思えるほどです。
そうなると、考えないことにして不安に蓋をし、目の前のことに没頭して気を紛らす人が多く出てきます。
でも、それでは今後ほぼ間違いなく、無防備のまま荒波に飲み込まれていくことになります。
私は55歳ですが、人生100年とするとまだ45年も生きる可能性があるわけです。
その間何事もなく平穏無事に過ごせる可能性は低いと言わざるを得ないですし、若い人となるとなおさらです。
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ここまで読んで気が滅入ってきたかもしれませんが、お待たせしました。
ここからいよいよ本題です。
こんな時代でも、私は自信を持って大丈夫と言い切れます。
つまり、環境がどのようになっても、自分の考えや行動次第で幸せに生きることは十分に可能であるのです。
その根拠は、これまで学んで来たスピリチュアル、過去の歴史、日本の伝統的な思想などですが、自分を高める取り組みの一環で行ってきた登山からも自信をもらっています。
「人間はどんな環境にあっても、たくましく幸せに生きていける強い存在である」
その思いを共有したいと思い、この記事をまとめました。
1.梅雨空の北アルプス登山敢行
今年の7月中旬、北アルプスに登山を行いました。
麓の中房温泉に前泊して、朝から燕岳(標高2,763m)〜大天井岳(2,922m)に登り、直下の大天荘で一泊、翌日日本百名山の常念岳(2,857m)に登って一の沢登山口に降りるルートです。
両日とも、休憩含まずで標準タイム8時間余りのコースになります。
今年はコロナの影響でどこも行けなかったこともあり、まる一年ぶりの登山としてはなかなかのハードさです。
実際、山小屋も軒並み営業自粛が続いていて、予定していた日がたまたま今年の開業日でした。
天候はまだ梅雨の真っ只中で、九州や中国地方を中心に大雨が降り続き、河川氾濫、土砂災害が起きていました。
登山口のある長野県安曇野市でも大雨が降り続き、土砂災害による通行止めなども起きていたのです。
週間予報でも、1週間前から前々日ぐらいまで登山の予定日はずっと雨でした。
登山用に山の上の気象情報を見ることができるサイトがあるのですが、風雨が強まりそうで当然コンディションはBADです。
一日雨と風の中を歩き続けることも、頭をよぎりました。
登山をしない方には想像がつかないかもしれませんが、標高3千メートルの山の上は地上とは別世界です。
夏山は晴れている時は涼しいし景色はいいしで天国みたいですが、天候が崩れると一気に暗転します。
雨や風、それに空腹が重なると、低体温となり体は動かず思考力は低下し、それこそ天国に直行しかねません(笑)
ちょっとした判断ミスが命取りになる、本当に笑い事ではすまない世界です。
それでも、私はあまり心配しなかったんです。それはなぜでしょうか。
2.以前の自分だったら
でも、以前の私はそうではありませんでした。
ああなったら、こうなったらと、いろいろ悪い状況を想像しては不安になっていました。
たとえば、こんなふうに。
切り立った崖の岩場で足を滑らせたら、
強風でバランスを崩したら、
途中で膝が痛くなったら、
高山病になったら、
沢沿いのルートの渡渉で濁流になってて渡れなかったら、
土砂崩れが起きたら、
などなど、起きうるリスクはたくさんあります。
しかし、「あれこれ考えることははっきり言って無意味」です。
なぜなら、その時点では判断するための前提となる条件がまだ確定していないから。
頭の中の妄想に過ぎないわけです。
ところが、不安や心配に囚われていると、妄想がぐるぐると頭の中を回りつづけます。
その結果、情報を取ったり必要な準備をするなどやるべきことが疎かになったり、視野が狭くなって選択肢が狭まったり、とんでもない判断ミスをしたりと、いいことは一つもありません。
一方で、判断に必要な情報を予め集めておくことは欠かせません。
ある程度のシミュレーションをしておくことも有効でしょう(この場合はこうしよう、こういう選択肢があるななど)。
そうしておいて、現地で判断を下すタイミングがきたら、すべての状況と選択肢のなかからベターなものを選べばいいということです。
優先順位はもちろん、自分の生命です。山ではすべてが自己責任ですから。
と、偉そうに書いていますが、何年か前の山行でヒーリングの師匠の態度から学んだんですが(この時も、数十年に一度の大雨の中、山奥の修験道場での非常にタフな山行でした)。
そうこうするうち前日になり、天気予報は雨のままでしたが、主催者から予定通り実施という連絡が入りました。
あぁ一応中止も検討したのかと思うほど、行くことにコミットしていました。
とはいえ、いざ当日になると、雨の中、出て行くのはやはり憂鬱でしたね。
妻からは心配されて、天気が悪いままだったら温泉につかって帰ってらっしゃいと送り出されたのでした。
3.大丈夫だった体験その1
前の章を読んで、理屈ではそうだけどとか、それでも不安だし心配と思うかもしれませんが、もっともです。
私も実体験なくして、そうは思えなかったでしょう。
体験とは、去年七月に北岳に登った時のことです。
ご存知かもしれませんが、北岳は富士山に次いで日本で二番目に高い山です。
この時も集中豪雨が日本を襲っているタイミングで、午後から天気が崩れ始め北岳直下の山小屋に到着するとほぼ同時に大荒れの天気となりました。
小屋の気象情報では風速30メートル超という台風並みの猛烈な風と雨でした。
夜、小屋の部屋で寝ていても、ごうごうと風が吹きすさび、ミシミシと建物が軋む音がすごかったです。
そして、朝になっても雨風は止まず、そのまま待機を余儀なくされました。
ところが、午前9時を過ぎたあたりから前線が通過し、風雨がおさまり天候が回復してきました。
そこで、午前10時に山小屋を出発し、北岳を目指しました。
おさまりつつあるとはいえ、まだ強い風が吹く中、飛ばされないように、腹式呼吸で体幹を引き締めて一歩一歩上りました。
下山予定の登山口では大雨により林道が通行止めとなり、バスの運行中止が決まっていて、時間がタイトだったためです。
そうして、歩くこと約1時間で北岳山頂に到着しました。
強風と寒さで登頂の余韻に浸ることもできず、一枚写真を撮っただけでしたが。上の写真はその時のものです。
本来ならバスに乗れる区間20キロを4時間かけて歩いたのは余計でしたが、この時には雨も止んでおり、今となってはよい思い出です。
4.大丈夫だった体験その2
悪天候でも大丈夫だった経験で思い出しましたが、そういえば、一昨年の夏、台風襲来の富士山に登ったこともありました。
この時は、いつものエネルギーヒーリングのメンバーではなく、自分の家族と一緒の山行でした。
83歳の父が死ぬまでに一度は富士山に登りたいと言ったことに始まり、二人の愛娘を巻き込んでの親子三代のプロジェクトでした。
リーダーは私なので、判断をミスして家族を危険な目に合わせるわけにはいきません。
予定日近くに台風が近づいてきて、かなりヤキモキしました。
当時の天気図を見ても、なんだか富士山めがけて台風がやってくるような感じです。
こんな時に日本一高い山の上は、とんでもないことになってるんじゃないかと思いませんか?
でも、実際は、違っていました。
前日までは晴天で、むしろ暑いぐらいでした。
翌日も朝は山小屋からご来光が臨めたほどです。
午前中から風雨が増してきましたが、登れないほどではありませんでした。
父が体力的にきつそうだったので、8号目辺りで引き返す判断をしたのですが、そうでなければ登頂できたでしょう。
北岳の時もそうですが、遠くから見ていると、もうその地域ではどこもかしこもアウトに見えます。
でも、実際に渦中に身を置いてみると、時間帯によって安全なエリアが存在するんだなと思いました。
5.人生に生かせる教訓
以上のような経験からも、私は人生も同じようなものだと思っています。
上記の経験から、これからの世の中で生かせる教訓をまとめてみました。
◇一番大事なこと
最悪のタイミングで最悪の場所にいることは回避する。
一番大事なことは間違いなくこれです。
台風の真っ只中、高い山で吹きっさらしの戸外にいたら、まず助かりません。
生命を守るためにはタイミングの見極めと慎重な判断が肝心です。
人生も同じです。
絶体絶命のピンチになってからでは遅すぎます。
いかにそうならないようにするか、先回りして考えることです。
そのためには、以下のようなポイントに注意するとよいでしょう。
◇情報はできるかぎり集める
的確な判断のためには正確な一次情報が必要です。
一次情報とは、他人の判断による歪みを入れないということです。
他人の判断を入れる時は、必ず両サイドの意見を聞いて、偏らないようにしましょう。
そうはいっても、得てして、自分が好ましいと思う方の意見ばかりに意識がいくので注意が必要です。
◇判断する時まで悪い想像は控える
上述のとおり、不安に飲み込まれないことはとても重要です。
◇状況をありのままに捉える
◇あらゆる選択肢を視野に入れる
◇最悪の事態を想定
都合よく楽観的な観測をすることは禁物です。
確率的に見て小さくとも、最悪の事態が現実となった場合も、お手上げとならないようにできれば安心です。
6.絶対安心なんてない。でも、それでいい
いかがだったでしょうか。
少しでも生きていく上で安心感が増していればいいのですが。
それでも不安が消えない方へもう少し話をすると、これからの時代何もしなくてもリスクがあります。
ただ不安がっていても、デメリットが増すばかり。
だったら、「主体的に動いた方がよくないですか?」ということです。
そもそも悠久の時を経た雄大な山にあっては、人間などちっぽけなものです。
天の意志ひとつで生かされている存在であることを実感する機会が、たびたびありました。
せっかくいただいた生命ですから、環境その他の外部要因で不安に濡れて生きるのでは不本意です。
やれることをやって、幸せに生きてこそ、生命をよりよく生かすことにつながるのではと思う次第です。
あなたが幸せに生きる上で、参考になればうれしいです。
以上