一悟術

帰国子女とインナーチャイルド 

はじめに《「帰国子女」がいるのは日本だけ?》

外国で生活していると様々な人種の人達と出逢います。

私が生活をした経験のあるアメリカとエジプトには多くの人種がいました。

アメリカはご存知の通り「人種の坩堝(るつぼ)」と言われる移民大国ですし、エジプトはアフリカ・ヨーロッパ・中東をつなぐ国際中継国です。

 

この2つの国で暮らしていると各人種の文化が混ざり合ったり、反発したり、組み合わさったりして更に新しい文化が生み出されていくのが分かります。

そこには当然のことながら問題も起きますが、その問題を解決しようとすることで、社会や世界をより良く変えていくイノベーションも起きるのです。

 

そんな外国で多感な時を過ごした子供達は日本に新しい文化の風を運んできてくれる存在だと思います。

しかし、残念ながら日本には彼らを正しく受け入れ、育んでいく体制が整っていません。

日本で生きていくために外国で身につけた経験や感性を抑え込んでインナーチャイルドになるケースが少なくないと思います。

 

そもそも、「帰国子女」という言葉は島国である日本独自の言葉である気がします。

英語には帰国子女を表す単語はありません。

自国に多くの人種が生活していたり、地続きで国境を接している国には「帰国子女」という概念自体がなく単語も存在しない可能性があります。

 

日本が本当の意味での国際化を果たし、世界に貢献していくためには、帰国子女の存在は不可欠だと思います。

彼らが自由に才能を発揮できる環境が求められているのです。

今回は我が子の実体験から帰国子女の多くが直面する問題の一部をご紹介しながら、その解決策を考えていきたいと思います。

 

1. 友達になるために自己肯定感を下げる

我が家の子供達は小学生の時にアメリカのニューヨークに3年、高校生の時にエジプトのカイロに3年滞在したいわゆる帰国子女です。

夫の転勤でニューヨークに引越した時、長女は7歳、長男は5歳でした。

二人とも現地の小学校に入学して、登校初日から英語だけの学校生活が始まりました。

 

まず、長女と一緒に3年生のクラスに行きました。

長女と手をつないで教室に入った時、彼女の全身から緊張感が伝わってきました。

自分とは姿かたちが違う先生と子供達から一斉に見られたのですから、緊張しない方が不思議です。

先生が(当然のことながら英語で)「ようこそ。さあ、中にお入りなさい」と言ったので、私は長女を一人残して教室を後にしました。

完全に硬直した長女の姿は今でも覚えています。

 

私は帰宅してからお迎えまでの間に「英語が全く話せないのに大丈夫かしら?」「泣いているかも」「緊張でお腹が痛くなっちゃったかも、、、でも英語で言えなくて真っ青になっているかもしれない」と、悪い想像ばかりして心配していました。

 

そしてやっとお迎えの時間になり、教室の前で待っていると、長女はくりくりとした大きな目の女の子と手をつないで笑顔で出てきました。

 

「お友達になったの!」

 

嬉しそうに言う娘の笑顔を見た時に全身が脱力して、その場にしゃがみ込みそうになるほどホッとしました。

子供の学習能力とは凄いもので、長女は3ヶ月後には他のアメリカ人の友達とほとんど変わらないほど英語がペラペラに話せるようになっていました。

3年後、日本に帰国することになった時、長女はすっかりアメリカ人の女の子の様になっていました。

 

帰国して直ぐに神奈川県三浦市の公立小学校の5年生に編入しました。

最初、長女は日本とアメリカの小学校の違いにかなり戸惑ったようです。

 

特に、友達の多くが「自分はダメだから、、、」と言うのには驚いていました。

アメリカでは自分の好きなところや長所を認めて公言することは当然でしたが、日本でそれをしてしまうと「自己主張が強い」「生意気」と思われてしまうようです。

だから、長女は同級生と友達になるために「私は〇〇ができない。△△もできない」と出来ない事や苦手な事を言うようになりました。

 

日本人の謙遜や控え目な性質は調和を保つための要素だと思いますが、そこから自己否定に転じてしまうのには問題があると思います。

自己否定は確実にインナーチャイルドを生み出します。

特に真逆の文化で育った帰国子女にとっては大きなトラウマになってしまう危険性があるのです。

 

今まで良いと思っていた事が友達ができない原因になるとしたら、これほどショックなことはありません。

結局、長女は意識的に自己肯定感を下げるしかなかったようです。

 

長女が高校生で再び外国に出るまで帰国子女としての自分を抑える生活は続きましたが、その後、彼女がどうやって自分を取り戻していったかは別の機会にお話したいと思います。

 

2. 男女の距離が遠すぎる

私達家族が生活していた国々では挨拶の時に男女を問わずハグや頬にキスをするという習慣があります。

つまり、日常から身体的に人との距離が近いのです。

 

それに比べて、日本の社会では男女が触れ合うということがほとんどありません。

そのため外国に比べて男女の区分けの意識が強いのだと思います。

 

長女がまだ英語が話せない時にアメリカのクラスメイトは男の子も女の子もみんなで助けてくれました。

しかし日本に帰国した当初、国語の音読の時間に漢字が読めない長女は隣の席の同級生に読み方を教えてもらわなければならなかったのですが、男子の同級生達からはあからさまに「あいつの隣は嫌だ」と言われたそうです。

 

休み時間中も男女が混ざって遊ぶことはほとんどなかったようです。

女子児童と男子児童では遊び方も考え方も全く違っていたからなのですが、実は、男女の区分けが強すぎるのもインナーチャイルドになる可能性があるのです。

 

人は誰でも内面に女性性と男性性を持っています。

それは身体的な特徴と必ずしも一致するわけではなく、肉体は男性でも心の女性性が強い人もいれば、その逆の人もいます。

子供の頃から身体的な男女を問わず色々な友達と遊びを通して関わることで自然と自己理解が進みます。

男と女という大雑把な区別でその機会を逃してしまうことは自分を理解するチャンスを逃してしまうことにもつながるのです。

 

小学校の高学年は思春期の入り口にあたる年齢なので男女を意識し始めるのも当然なのですが、長女がいたアメリカの小学校では、男女が一緒に遊ばないということはありませんでした。

意識はするものの、遊びはお互いを観察し理解する良い機会だととらえていたようです。

そして理解が進むにつれて成長に合った関係を築いていきます。

 

日本に帰ってきてから長女は男の子の友達が全くいなくなってしまいました。

それだけでなく、普通に男の子に話しかけただけで「〇〇はこいつが好きなんだ~」とひやかされたり、からかわれたりしたそうです。

男の子と自由に友達になれないというのも、お互いから学ぶことが多いと知っている帰国子女にとっては辛いことかもしれません。

 

3. 先生がどう扱っていいか分からない

先生が長女をどう扱っていいか分からなかったことも長女の疎外感を助長したようです。

困ったことがある時に安心して話せる存在が学校にいることで問題も起こりにくくなりますし、問題があるとしても早期解決につながります。

 

長女の通っていた小学校には帰国子女がほとんどいなかったため、東京などの都心部の小学校とは環境が異なるかもしれませんが、それにしても日本では帰国子女を受け入れる学校の体制がまだまだ整っていないということは言えると思います。

学校によってはスクールカウンセラーがいますが、日本の子供達を対象にしたカウンセリングなので帰国子女には不十分かもしれません。

 

現在、1年以上海外で生活した帰国子女が毎年1万人以上帰国している状況を見ると、早急に体制を整えていく必要があると感じています。

 

これまでは帰国子女の悩みは本人の問題として自力で解決するべき事として処理されてきたケースが多いようですが、彼らの悩みの解決を日本の課題として取り組むことで、将来、帰国子女が日本と世界をつなぐ架け橋として活躍しやすくなると考えています。

 

特にインナーチャイルドを生まない等の帰国子女の心のケアを徹底することは彼らが日本と世界で自由に活躍できる可能性を広がるため、真剣に考えていきたい課題だと思います。

 

終わりに《日本人は多様性を受け入れるのが得意》

日本人は旺盛な好奇心で異なる文化に興味を持ち、それを更に良くして世界に発信してきました。

本来、私達は多様性を受け入れるのがとても得意な民族なのです。

 

世界中で色々な経験や知識を持って帰ってきてくれる子供達は、日本人が日本人らしく世界に貢献して発展していくための宝でもあるのです。

そんな彼らを過去の日本の型にはめ込んでしまうのはとても勿体ないことだと思います。

 

帰国子女を「外国育ちの厄介者」として扱うのではなく新しいエネルギーを生み出す原動力として日本全体で育てていくことができれば、日本が抱えている国際化やグローバル化の課題もスムーズに解決に向かうと考えています。

 

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