一悟術

2020年。失意をくぐり抜けるプロセス 

2020年。
多くのことが変わり、いまなお変わり続けています。

これまでの常識が崩れ、目標を見失ったり、やりがいを見いだせなくなった人もいるでしょう。
関係が変わり、頼りにしていたものが消え、業務が無くなる、職を失う、楽しみを奪われる、自己価値を感じる機会を失う、権威を失う、自信を失う、‥など。

今後も想定外のことが起きるのでしょう。

そんな時、失意や落胆にとらわれて、お先真っ暗で行き詰まりを感じることもあるでしょう。

僕自身いくつかの挫折や、予想外のできごと、近親者の死など、何度か失意の底をくぐった体験があります。

そんな僕が今言えるのは、「先行きが真っ暗なままずっと身動きが取れなくなる」なんてことはない、ということです。

むしろ、くぐり抜けた後は以前より気楽になっています。

「もう駄目だ…」を何度か体験するうちに、もう駄目だという感覚に陥っても駄目にならない、ということがわかったからで、これは自分の中で大きな安心材料になっているのです。

そして、「もう駄目だ…」と失意が生まれるのは、自分の狭いモノの見方が原因だった、と学んだからです。

失意をくぐり抜けると、たいていその前より広い視野が手に入り、「なんであれを失うことがそんなに大事(おおごと)だったんだろう、なんでしがみついていたんだろう?」と不思議に思うようになるでしょう。

このように、失意はいつか抜けられます。
しかし、抜けだす前は暗闇がずっと続くかのように感じて、もう全て終わってしまったかのように感じるのも事実です。

今失意にある人や、何か大切なものを失うかもしれない、と怖れを感じている人へむけて、失意から抜けていくプロセスがどのようなものか、ある枠組みを参考にして考察しました。

 

1.喪失のプロセス


失意は何かを失うことで生じます。
ですから、失意をくぐり抜けるプロセスを考える上で、喪失を受け入れるプロセスが参考になります。

ここではある30代男性のSさんを例にとって、喪失のプロセスを一緒にたどってみましょう。

ときは90年代、Sさんには理想の人生像がありました。仲の良い家庭を築きながら、やりがいある仕事を通じて世の中の役に立ちたい、との思いを抱いて、コンサルティング会社に勤務しています。学生の頃に進路をいろいろ考えた末、実質的に社会を動かしているのはビジネスだと考え、活躍の場として選んだのでした。

当時は「24時間戦えますか?」と問われる時代背景のなか、Sさんはコンサルタントとして、また夫や父親として、さらには何かしらの社会貢献活動家として活躍する理想の自分像を掲げて、「頑張れば報われるはず」と、身を粉にして一生懸命に取り組みました。しかし10年近く立つうちに体力も気力も使い果たして燃え尽きてしまいました。

理想の自分は実現しませんでした。

でき得る限り頑張ったけど力不足で届かなかった理想は打ち砕かれ、Sさんは喪失感に苦しみ、失意に打ちひしがれたのでした。

その失意を彼はどうくぐり抜けたのでしょうか?

見ていきましょう。

 

2.人生最大の喪失とは…


さて、少し話は飛びますが、人生最大の喪失は「死」といっていいでしょう。。
その「死」を受け入れるプロセスは、グリーフケアや終末ケアの分野で多くの研究がなされています。

人生最大の喪失である「死」を受け入れるプロセスの研究成果は、人生で遭遇する失意や喪失からの回復を考える上で参考になるでしょう。

そこで、数ある研究成果の中から代表的なもののひとつ、エリザベス・キューブラー=ロス女史の「死の受容5段階」を参考にしながら、喪失からの回復法を考えてみましょう。

 

3. 死の受容5段階

キューブラー=ロス女史は数多くの終末期の患者にインタビューを行い、死と直面してからそれを受け入れるまでのプロセスを以下のようにまとめました。

1:否認と孤立 → 2:怒り → 3:取引 → 4:抑うつ →5:受容

 

第1段階:否認と孤立(denial & isolation)
自分に死が迫っていることを否定する。頭では理解しようとするが「あり得ない」と感じる。周囲は状況を理解しているが本人は受け入れられないので、コミュニケーションがとれず孤立する傾向にある。

第2段階:怒り(anger)
死の可能性が否認できなくなると、「なぜ、私なんだ!」という思いから、怒り、憤り、ねたみ、恨みなどの感情があらわれ、あらゆる方向に向かって感情が発散される。

第3段階:取り引き(bargaining)
自分の善い行いで奇跡的に快癒したり、死期を遅らせることができるのではないかと考える。死を逃れるべく神仏と取引しようとする。

第4段階:抑うつ(depression)
どうしても死の回避はできないことを悟る段階。頭だけでなく感情的にも死を理解できる。悲嘆と絶望を感じ、喪失感が強くなる。抑うつはこの喪失感の一部でもある。

第5段階:受容(acceptance)
死を拒絶するのではなく、自分の人生の終わりを静かに受け入れ平穏が訪れる段階。生命が死んでいくことは自然なことだという気持ちになる。個人差はあるが死生観や生命観、宇宙観のようなものが形成される場合がある。

 

4.Sさんの喪失の受容体験


Sさんの喪失からの回復体験を、先のモデルに当てはめてみるとうまく当てはまります。

第1段階:否認と孤立
理想の自分を実現しようと仕事もプライベートも頑張るが、能力不足、時間不足を感じて焦る。できない自分を認めたくなくて、「やり方さえわかればやれるはず、できないなんてあり得ない」と思い込む。周囲はSさんが無理し過ぎだと感じているが、本人が理想に固執しているので会話しづらくなっている。周囲からすれば「勝手にすれば」という感じ。

第2段階:怒り
自分も社会も理想的には変わっていかないことが否定できなくなると、「なぜ、理想通りにいかないんだ!」という思いから、「うまく行かないのは相手のせいだ、親のせいだ、社会のせいだ!」と怒り、憤り、ねたみ、恨みなどの感情があらわれ、あらゆる方向に向かってネガティブな感情が発散される。そんなネガティブな自分のことも嫌になる。

第3段階:取り引き
数多くのビジネス書、「7つの習慣」を始めとした自己啓発書、ライフハックに関する情報、市民政治活動の勉強会に参加、など真面目に学んで活動していれば、いい気づきや出会いがあるのでは、と理想を実現しようとさらに躍起に努力を続ける。

第4段階:抑うつ
どれだけ努力しても理想には手が届かないことを悟る段階。現実離れした理想だったんだ、自分にはそんな力はなかったんだということを、突きつけられ、理屈でも気持ちでも受け入れざるを得なくなる。悲嘆と絶望を感じ、無価値感を感じ無気力になり、喪失感が強くなる。引きこもりたくなる気分。

第5段階:受容
理想の自分や家庭、理想の社会が手に入らなくても、世界の終わりではないことを受け入れる段階。それが実現不可能であることを静かに受け入れ、それでも自分の価値は失われないこと、幸せを諦める必要もないことが腑に落ちる。執着していた理想が崩壊していくことを受け入れ平穏が訪れる段階。過剰なセルフイメージは壊れる運命にあるし、そもそもセルフイメージは時につれて変化するのが自然なことだという気持ちになる。潜在的に無価値感を抱えたセルフイメージがあったため、あれもこれもできる自分という理想のセルフイメージを必要としていたことに気づく。その潜在的に抱えた無価値感こそが生きづらい生き方の根本原因で、その無価値感は「真実」というわけではなく、意識の深いところに存在している「思い込み」に過ぎない、ことがわかる。喪失体験を通じて、セルフイメージと根深い思い込みが壊れて、能力があろうがなかろうが、何かを実現してようがしてまいが、「いのちの存在」それ自体に価値があることに気づき始めた。

 

喪失を受容していくプロセス、いかがでしょうか。

このSさんのプロセス、実は自分の体験に基づいています。
第1段階から第4段階までは、順に進んでいくというより行ったり来たりします。そしてあるタイミングで第5段階「受容」が訪れます。

そしてその後は、新しい発想が湧き、出会いがあり、コンサルタントから対人支援業で起業することになったのでした。そしてかつてイメージしていたものとカタチは違えど、いい家庭とやりがいある仕事、社会貢献にもつながる仕事へと近づいている感覚があります。

理想の喪失を受け入れたことで、より自然なカタチで実現する。
ある意味、皮肉な現象のような気もしますね。
しかし、執着を手放すと入ってくるとはよく聞く話。そういうものなのでしょう。

 

5.「希望」という名のスパイス


ここでプロセスを紹介したのは、第5段階の受容に行き着くということを伝えたかったからです。

第1段階から第4段階を行ったり来たりしている間は、出口のないトンネルに入ったかのように感じることもありました。何をやってもどうしようもない、という思いに苛まれたりもします。

ただ、何度か大きな喪失体験をした経験から言うと、ほんの少しの「希望」さえあれば、必ず第5段階へたどり着けます。

これは、死の受容5段階をまとめたキュプラーロス氏も著作の中で書いています。

それをどう呼ぼうと、わたしたちの患者のすべては微量の希望を持ち続け、とくにつらい時期を、それによって励まされている。現実的な希望にしろそうでないにしろ、そのような希望をもたせてくれる医師へは最大の信頼がかけられる。悪いニュースに囲まれながらも、そこに一つの希望が差し示されれば患者は感謝する。だからといって医師が患者にウソをつかなければならないというととではない。それはただ、わたしたちが患者と希望を分け持つという意味である。なにか不測のよい事態が起こるかもしれない、病気の軽快があるかもしれない、寿命が案外のびるかもしれない、そういった希望を関係者が患者とともに分け持つということである。

 

6.まとめ


いま、何かを失って失意を感じ、先の見えない辛い時間を過ごしている人がいれば、それはくぐり抜けられるということを知ってほしいと思います。

失意や喪失は、いくつかの段階を通れば必ず抜けられる。
それは、ここに生きている者にとっては最大の喪失であるだろう「死」ですら、受容し失意から平穏へたどり着けるという研究結果にも支えられています。

そして、喪失を受容し失意から回復した暁には「新たな視点」を手に入れていることでしょう。
それを「変容」と呼ぶのでしょう。

多くの変化がこれからもあるでしょう。
それに伴う喪失体験もあるでしょう。

けれど怖れることなく失意をくぐり抜け、
たくさんの変容が世界のあちこちで起きて、
よりよい社会が訪れるのを楽しみにしたいですね。

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