一悟術

皇居勤労奉仕の体験で受取ったもの 

先日、生まれて初めて皇居勤労奉仕に参加してきました。

宮内庁ホームページによると、皇居勤労奉仕は「美しい皇居を守る力」とのことです。具体的には、皇居と赤坂御用地で除草、清掃、庭園作業などを行います。

これまで何人も知り合いが参加していて、みんなが口を揃えて、「すごく参加してよかった〜」と言うのを聞いていました。

そこで、以前に参加したビジネス塾で奉仕団の参加者を募集していたのに応募したのです。

宮内庁の職員の方も、以前は農家の方や右翼団体の人(?)が中心で、高齢者が多かったそうですが、ここ10年ぐらい若い人が増えてきたと話されていました。

皇居勤労奉仕について、興味がある、また参加してみたいという方の参考になれば幸いです。

 

 1.概略

1)沿革

沿革

皇居勤労奉仕は,昭和20年5月に空襲で焼失した宮殿の焼け跡を整理するため,同年12月に宮城県内の有志60名が勤労奉仕を申し出たことが始まりだそうです。

終戦からわずか4ヶ月、当時の交通事情、食料事情では上京するだけでもさぞ大変だったでしょう。

しかも、占領初期でこのような行動に対して、GHQがどう対応するかもわからず、参加した娘さんの中には両親兄弟と水盃を交わしてきた人もいたそうです。

決死の覚悟であったことが偲ばれます。それ以降、今日まで有志による奉仕が続いており、累計で120万人を超える方が参加したそうです。

 

2)参加要項

実際の参加要項は以下のとおりです。最初は個人として団体に参加するのがよいと思います。都度、主催者から指示がありますので、それにしたがっておれば大丈夫です。

①資格 満15歳〜満75歳までで、軽作業が可能で自分の健康に責任が持てる人。皇居内は広く、作業場所まで毎日かなりの距離を歩きます。また、15名〜60名の団体での参加が条件となります。まずはなんらかのご縁のある方の団体に参加するのがハードルが低いと思います。。

②日程 連続する平日の4日間(7、8月を除く) したがって、月〜木か、火〜金という日程となります。

③時間 8時〜16時 実際の作業時間は長くても午前と午後2時間ずつぐらいです。宮内庁の職員の方が皇居内を案内してくださったり、両陛下や皇太子殿下にご会釈いただいたりといった時間がかなりあります。セキュリティの都合等で早めに集合しますので、待機の時間もけっこう長いです。

④服装 作業に適する汚れてもよいもの。ほとんどの団体は、上に着るフリースやウインドブレーカーをお揃いにしてユニフォームにしている感じでした。

⑤費用 奉仕への参加そのものは無料ですが、参加に関わる経費は自己負担となります。
主なものは、交通費、宿泊費(自宅から通えない場合)、昼食費(弁当代)、雑費(軍手など)、上記のユニフォーム代などです。

⑥注意点 奉仕期間中の写真撮影は禁止です。あとは危険物の持ち込み禁止など一般的なものです。

 

 

2.楽しみどころ

皇居を綺麗にするお手伝いに行くわけなので、この表現が妥当かどうかはわかりません。とはいえ、皇室のためにお役に立てるという勤労奉仕への参加自体が、私には喜びであり楽しいことでした。

そして、ここでは、そのなかでも特に印象に残ったことをピックアップしてみます。

 

1)ご会釈

ご会釈

奉仕期間中に天皇皇后両陛下と皇太子殿下にご会釈をいただくことができます。もちろん行幸、行啓されていなければです。

同じ日程の参加者全員が整列し、各団の代表者と直接お言葉を交わしてくださいます。

間近でご尊顔を拝し、直接お声をお聞きする機会は稀有な体験です。

天皇陛下は最後に「お元気でお過ごしください」、皇后陛下は「ありがとう」とおっしゃられます。

その声の響きをとてもありがたいものに感じました。友人は、存在そのものが愛と言っていましたが、まさにそんな感じです。

 

あとで触れますが、国民の幸せと世界の平和への無私なる祈りが、天皇陛下のあのようなあり方と深く関わっている気がします。

また、それを支える皇后陛下の献身のお姿にも心打たれました。

お二人ともまさに我が身を一顧だにせず、民をしろしめす存在であると痛感しました。それが国民を大御宝(おおみたから)と呼ばれ、宝物のように大切に慈しまれる大御心(おおみこころ)であると感じました。

 

そのようなあり方の元首をいただく国など世界のどこにもありません。ましてや、万世一系にして、世界最古の国体です。

多くの国々の王室が、日本の皇室に尊敬と親愛を寄せていると聞きます。私たちは、国の歴史や皇室のあり方をよく知り、それらをもっと誇りにしてよいのではないでしょうか。

 

2)作業

作業は4日間で、皇居の東御苑、西エリア、宮殿エリア、それから、赤坂御用地をそれぞれ1日ずつ担当します。

各エリアごとに域内を歩き回って、作業を指揮する宮内庁の職員の方から建物やお庭、歴史的な出来事まで詳しいご説明をいただけます。

個人的には、勤労奉仕以外ではほぼ一般に公開されていない西エリアが強く印象に残りました。西エリアはいわば皇室のプライベートエリアです。

天照大神や皇室の祖先などを祀った宮中三殿や水田、生物学研究所などがあります。都心とは思えない深い森という印象が強く、皇室が自然を愛しこれと相親しむ暮らしをされているのだなぁと感じました。

 

作業でのトピックとしては、天皇陛下が育てられた稲の脱穀をさせていただけたことです。稲から籾を外すのを手で行います。このお米は新嘗祭で使われるほか、来年の種籾となるものだそうです。非常にありがたく、光栄に感じました。

とはいえ、草むしりや落ち葉掃きなどどんな作業であっても、皇居を美しくできるのが喜びであり、作業自体が楽しかったことを言い添えます。

なお、東御苑は日頃から一般公開されていますし、宮殿エリアも一般参観が可能です。

 

3)お土産

お土産

勤労奉仕中には、皇居内の売店でそこでしか手に入らない商品が購入できます。記念になるので、ちょっと覗いてみると楽しいと思います。

人気があるのはお財布のようで、長財布、二つ折り、小銭入れとあり、菊の御紋が入っています。色によっては品薄なのもありました。

ちなみに私は、ワインレッドの名刺入れを購入しました。

 

また、お菓子類も豊富で、私は文明堂のカステラを家族に買って帰ったところ、とても美味しくて好評でした。あと、チョコレートや紅白のお饅頭などもありました。

日本酒やぐい呑、ワイングラスなど、本当にいろんなものが売っていて、しかもどれも良心的な価格です。そんなこともあってか、遠くから来ている方たちは、カゴいっぱいに大量に買い込んでいる方もいました。

個人的には、目に入らなくてぐい呑を買い損ねたのが痛かったです。さぞやお酒が美味しく飲めたでしょうに(笑)

 

 

3.感慨深かったこと

1)自然に親しむお暮らし

自然に親しむお暮らし

皇居もそうですが、皇太子殿下始め皇族方のお住まいがある赤坂御用地でも、生い茂った立派な樹々の緑がとても心地よかったです。

お休みの日には皇族方が散歩されたりバードウォッチングなどを楽しまれたりするそうです。言われてみると、野鳥の鳴き声が響き渡り、とても清々しく爽やかな空気で、まるでここは高原かと錯覚するほどでした。

 

赤坂御用地では森の土から園芸用の腐葉土を作るお手伝いもしましたが、黒々としたいい土で、ミミズや虫がたくさん住んでいました。久しぶりに芳しい土の匂いを嗅いだ気がしました。

ちょっと本題からは逸れますが、やっぱり人は緑や土に触れていないと生き物として何かがおかしくなるんじゃないか、そんなことも感じました。

日本はGDP世界3位ですが、国連の幸福度ランキングでは51位となっています。現代の日本の暮らしは、お金やモノなどの経済力だけでは測れないものがあまりにも犠牲になっているような気がします。

 

2)古い施設

宮殿 正月の一般参賀が行われるほか国の儀式などを行う宮殿は昭和43年の竣工です。

昭和20年の空襲で明治宮殿が焼けて以降、宮内庁庁舎の3階を仮宮殿としていたそうで、終戦から20年以上もその状態であったというのは驚きでした。

 

昭和天皇などは、昭和20年に防空施設として作られた御文庫という建物に昭和36年まで住まわれていたそうです。

爆撃に耐えるように屋根の暑さは3メートルに及び、戦争末期の急場凌ぎで雪の混じった砂を詰めたため、何年も経ってからも溶けた水が染み出すなど、住環境としは劣悪な湿気だったそうです。

にもかかわらず、陛下は「世の中には住む家の無い人もあるのに、私にはこれだけのものがあるのだから」と御所の新築の提案を却下なさったのだそうです。

昭和36年に完成した吹上御所に移られた際には、「こんないい家に住めるようになったのもみんな国民のおかげだ」とおっしゃったとか。

 

天皇陛下が公的な事務をお執りになる場所を表御座所といい、そこから臨めるお庭も見学させていただきました。というのも、表御座所は現在使われていないからです。

その理由も、今上陛下が東日本大震災後の電力不足の際、表御座所を使うと結局、御所と二重に電気を使ってしまい無駄だからとの思し召しで使用を取り止められたとのことでした。

あの時は、計画停電で多くの人が不便な思いをしていましたよね。エレベータが動かず8階まで階段で上がったことを思い出します。

 

私たちも、日頃口では何とでも言えますが、いざ何か事があり、自分の生活に直接影響するとなると、ちょっとしたことでも実行するのをためらうことも少ないないように思います。

天皇陛下は、いつの世も国民の生活に思いを致され、思いを行動でお示しになることに、ありがたさが込み上げます。

 

3)宮中祭祀

宮中祭祀

皇居には宮中三殿という天照大神と歴代の天皇、皇族、八百万の神々をお祀りする施設があります。

天皇皇后両陛下は,宮中の祭祀を大切に受け継がれ、大御心をもって常に国民の幸せを祈っておられ、年間約20以上の祭儀が行われています。

 

祭祀の中には、重い装束をつけられ、何時間にも及ぶ正座が必要な祭儀もあるそうで、ご高齢の陛下にはたいへんなご負担であることでしょう。冬であっても、宮中三殿には暖房もないそうです。

そうであっても古より続いてきたものはできるだけそのまま後世に伝えるというのが陛下のお考えです。

反対に、先の表御座所の件のように、最近の慣習については国民のためなら柔軟に見直したいと仰られていました(DVDでのお言葉)。

 

宮中祭祀が戦後の政教分離により、天皇陛下の私事のような扱いになってしまったのはとても残念なことです。祭儀を司る掌典職も公務員ではなく皇室の私費による雇用となってしまっているそうです。

宮中祭祀は、全人生を国民のためにお使いになられている無私の存在である天皇陛下の、太古の昔から続いてきたもっとも神聖で重要なお役目であるというのに。

歴代の天皇の祈りと神々のご加護があってこそ、日本が日本であり、日本が存続しているといっても言い過ぎではないと思います。

 

4)歴史の舞台

歴史の舞台

宮内庁庁舎は皇室のニュースのたびにTVでよく放映される建物です。勤労奉仕中には何度もその前を通ります。

そして、この建物こそ、終戦の詔勅が録音され、陸軍の一部将校による反乱未遂事件の舞台となったところでした。

放送前日の8月14日深夜に録音は行われ、15日まで宮内省(当時)で保管されていました。

クーデター派は宮城を占拠して軍事政権を樹立し本土決戦を主張していました。そのため、玉音盤を奪い放送を阻止しようと宮内省内を捜索したのですが、その企ては成し遂げられませんでした。

8月14日の夜にも日本各地への空襲が行われ、多数の尊い命が失われました。私は以前初めてこの事実を聞いたとき、なんでもう少し早く降伏できなかったかと思いました。まして、近しい人の無念の思いは想像を超えていると思います。

 

けれど、実際には、終戦をめぐる政府と軍の攻防は薄氷を踏むがごときものでした。

終戦に至る経緯は、8月15日正午の玉音放送までの24時間を描いた半藤一利さんん「日本のいちばん長い日」というノンフィクション書籍に詳しく書かれています。

1日の遅れがソ連の北海道への侵攻につながったかもしれません。実際、北方領土は8月の15日以降にもソ連の侵攻を受けています。もし、北海道、東北までソ連の侵攻を許せば、ドイツのように東西に分割は避けられなかったでしょう。

米国は米国で、ほんの数日後にさらなる原子爆弾の投下計画を持っていたことが近年明らかになっています。

さらなる大きな悲劇がまさにすんでのところで回避されたのです。

終戦は昭和天皇、当時の鈴木首相をはじめとする政府関係者、平和を希求する人たちの捨て身の努力で成し遂げられたものなのです。

このような歴史の事実が念頭にあったので、宮内庁庁舎を目にするのもひときわ感慨深いものでした。

 

「日本のいちばん長い日」にある昭和天皇の御聖断のお言葉からは、陛下の国民を思う気持ちが伝わってきます。

あのとき、天皇陛下、そして、真に日本を思う政府関係者が心から望んだ平和が、現実となっているのが今という時なのだということを、今に生きる私たちは忘れてはならないと思います。

 

4.まとめ

このように皇居という日本でも有数の気のいい場所で、勤労奉仕の4日間を過ごさせていただき、様々な貴重な体験ができ、また色々な思いを感じることができました。

一言でまとめると、日本という国に生まれ平和な時代に暮らせる幸せを改めて実感するよい機会でありました。

また、日本人としての自分のルーツを探るという意味合いもあるかもしれません。日本という国、自分が日本人であることを誇らしく思える、そんな体験だったようにも思います。

会社員ですと、平日の4日間休暇はなかなか厳しいということもあるかもしれません。ですが、それだけの時間を投資する価値は十分にあると思います。

機会があればぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。

祇場駿矢

京都市出身。
京都大学法学部卒業。
大学卒業後、現在のメガバンクに入社、26年間勤務。

ビジネスの現場で産業調査や大企業の事業再生、富裕層取引等を担当、多くの企業経営者、富裕層顧客と接する中で、世の中の流れ、リーダーシップ、お金の本質等について考察を深める。

少年期より「人はなんのために生きるのか」「人はどこから来てどこへ行くのか」を自らに問いかけてきた。バブル世代でいったんは世の中の価値観に染まるが、会社オンリーの人生に生きる意味を見失って挫折を味わう。

魂が震える生き方を追求する中で一悟術に出会い、自身や周りの体験から、自己成長の最高のツールという確信に至り、独立起業を果たし、誰もが物心共に幸せになれる方法として「悟りを目指す生き方」を伝えている。

豊富な社会経験、懐の深さから、経営者、投資家、コンサルタント、カウンセラー、コーチ、医師、作家、セミナー講師、会社員、主婦など、多くのクライアントから支持されている。

著書「先行きの不安から自由になる『お金と心の法則』」(フォレスト出版)

HP:http://fillz.biz

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