「自分ではない自分を演じていると疲れる」ありのままの自分とかけ離れたセルフイメージを手放すと楽になる

皆さんは、「今自分らしくない自分を演じているな」と感じてしまうことはありませんか?

 

例えば、本音では今日はあまり仕事に行きたくないのに、自分の本当の気持ちにあまり心を寄せないまま、ある意味無理矢理ポジティブな状態を作り出し、いつものように出勤し、「今日も頑張りましょうね!」なんて前向きな人を演じてしまう、というような経験はありませんか?

 

もしかしたら、このような無理矢理ポジティブな状態を作っているということは、わかる人には伝わり、不自然な前向きさとして、他の人にも伝わってしまうこともあるかもしれません。

 

または、そんなことには全く気付かずに、単に前向きな人だなと受け取る人もいると思います。

 

一方で、自分では「今日は頑張りましょうね!」なんていった瞬間に、本当の気持ちにはなんとなく気づいているので、なんか違うよねと違和感を覚えてしまうかもしれません。

 

ところが、ここで違和感も何も感じないで、そのまま前向きな人である自分を演じ続け、前向きな人キャラクターを維持し続けようとしてしまう場合は注意が必要です。本当の自分は、そこまで前向きなわけでもなく、朝から仕事行きたくないなと思うような後ろ向きな一面があるということを認められていないということになるのです。

 

本当の自分を受け入れなかったり、認めないという状態は、無意識の自己否定を生み出して、それが現実に影響を及ぼすこともあるのです。つまり、表面的には喜ばしいとは思えないのですが、自己否定が現実化するというような状況です。

 

1.「自分はいい人だ」というセルフイメージが強固だった私の例

 

 

私は本当はそうではないのに、「自分はいい人だ」というセルフイメージを強固に作り上げてしまっていました。

 

「私は優しくていい人」というセルフイメージを維持するために相当なエネルギーをそこに費やしていました。

 

自分の職業柄、そのセルフイメージはとても役に立っていたかもしれません。いい人を演じることで、みんなからも信用され認められることが増えると思っていました。

 

ところが思ったようにはいかなかったんですね。

 

いい人という偽りのキャラクターであったために、本当の自分とのギャップがかなりありました。本当の自分は優しいいい人でもなんでもなくて、自己中心的で感情的に激しかったり、平気で小さな嘘をついたり、矛盾に満ちていたり、攻撃的だったり、策略的だったり、人を軽蔑していたり、相手をコントロールしようとしたり、かなりの怠け者であったり、そういういい人でない悪い自分もたくさんいたんです。

 

しかし、そんな自分を認められなかったので、「自分はいい人」と思い込もうとして、そういうセルフイメージのまま行動し続けていました。

 

なので、自分自身も本当の自分をかなりの力で抑圧していたので、楽ではなかったし、たまに現れてしまう隠しきれない本当の自分が、普段とのギャップを呼び起こし、人からなんとなく怖い人だなと思われてしまうこともよくありました。

 

 

2. いい人でない悪い人である自分を認める

 

 

いい人というセルフイメージとは正反対のキャラクターである、悪い人である自分を認めるということが、どんなに重要なことなのか、最近はよく実感します。

 

いい人という枠で自分を縛り付けていることが、一見メリットのあることのようにも思えるのですが、本当はそうではなくて、あるがままの自分からかけ離れているので、無意識のうちに自己否定が蓄積してしまっていたのです。

 

自己否定が蓄積していたということは、どういうことかというと、自分はダメだというような現実が引き起こされてしまっていたということです。

 

簡単にいうと、仕事がうまくいかない、とか家族とうまくいかないとかそういうことになります。

 

これは結構損をしてるなと思いませんか。

 

いい人でいようと、ありのままの自分を抑圧して良いセルフイメージを作り上げたけれど、なぜか現実的にはうまくいかない。

 

実は、そういうことも起こりうるのです。

 

望まない現実を呼び起こさないためにも、自分の本音を認めたり、ありのままの自分を受け入れるというのはとても重要なことなのです。

 

ですので、私の場合、「いい人」というセルフイメージの枠を外すということがとても大きな課題でした。

 

ずるかったり、偉そうだったり、自分勝手だったり、傲慢だったり、利己主義だったり、そいういう悪い自分の一面をひとつひとつ認めていくということです。

 

そうすることで、初めはちょっと抵抗感もありましたが、気づき始めていくと、自分の気持ち的には、楽になるというか、こんな自分もいるし人間らしいよねという気持ちも湧いてきて、少し自分のことを面白いと思えるようにもなりました。

 

ですので、例えば、冒頭に出したような、いつも前向きで明るい人というセルフイメージに縛られて自分は不自然かな、と思うような方は、まず朝起きて感じた、今日は会社に行きたくないなというネガティブな自分もいるよね、ということを小さな子供に共感するような気持ちで認めてあげるだけで、少し楽になるし、無駄に偽りの自分を演じる必要も感じなくなると思います。

 

3. 皆さんは自分の本音に気づいていますか?

 

 

皆さんは、自分の本音に気がついていますか。些細なことですが、自分の本音を大切にしているでしょうか。そして、その本音を受け入れるということができるでしょうか。

 

今日は仕事に行きたくないな。

 

今日は家事をするのも面倒くさい。

 

あの人のことなんて本当は大嫌いだ。

 

すごく羨ましい。嫉妬している。

 

自分なんてダメだと思う。

 

罪悪感にさいなまれる。

 

とても面倒くさいのでできれば逃げてしまいたい。

 

よくわからないから適当にごまかそう。

 

正しいのは自分で相手が絶対間違っている。

 

自分が一番すごいんだ。

 

などなど、すぐに言葉に出して表現しやすそうなものから、あまり口にはしないほうがいいのかなと思うような本音って実はたくさんあるんじゃないかと思います。

 

親や学校からの教育や、社会通念などから、こんなことを思ってはいけない、言ってはいけないということが、あると思うのです。

 

確かにあまりにも反社会的なこと、法律的にもどうかなと思うようなことは、あえて言葉にする必要もないとは思います。

 

しかし、自分の心から出てきた、もしくは魂から出てきているかもしれない本音というのを、せめて自分の心の中だけでもいいので、認めてあげることが、自己肯定への第一歩かもしれません。

 

もしかすると、それは今の自分には受け入れがたいことかもしれません。そうだとしても、あれ、なんかこんなこと感じてるなと気づくだけでも、自分の本音に無意識でいるよりは、ずっと自己肯定的なことだと思うのです。

 

 

4. 自分の本音に気づいたら、ありのままの自分を受け入れよう

 

 

私自身ヒーリングを受けて、自分らしい自分に近づくようになってから、いい人だというセルフイメージのメッキが剥がれてきました。

 

最初はそれでも、まだ悪あがきをして、いい人でいたいという思いが強かったので、そんなはずはない、私はいい人なんだからと悪い自分を認めようとしないことがほとんどでした。

 

しかし、剥がれてきたメッキを上塗りするのも、かなりの苦労で、マイナスをどうにかしてプラスにしようと必死に取り繕っているようなところがありました。

 

そんなことにエネルギーを使うようりも、いったんありのままの自分を受け入れ、こんなに悪い自分がいる。自分のあまり認めたくない性質を、そうそう、そんな自分もいるし、嫌だけど、受け入れてみようという気持ちが湧いてきました。

 

そうして、自分ではみっともないと思うような点、例えば、夫に対して支離滅裂な主張をしたり、感情的に怒ったり、ころころ矛盾するような態度をとったり、自己都合で動いたりそういう受け入れたくはない自分もいるよね、と認めてみたら、意外となんだか気持ちが楽になったのです。

 

悪あがきする必要もないし、そうだよね、そんな自分もいるよねというような気持ちです。

 

 

5. まとめ

 

 

自分の話を中心に書かせていただきましたが、いい人であるというセルフイメージを手放すには、私の場合そこまでスムーズにはいきませんでした。

 

いろんな方から、指摘され、あなたは元々そんな人ではないと言われながらも、認めたくはなかったのですが、結局やっぱり、そんな悪い自分がいるんだなと今では思います。

 

そして、そういう悪い自分を認めていくと、案外それも、人間らしいなとか、可愛らしいなと思えるようにもなってきます。

 

ありのままの自分とかけ離れた不自然なセルフイメージは、自分を縛り付けていただけでなく、自分が自由に振舞うことも制限していました。

 

より自由で自分らしく生きるためにも、自分の素直な本音を大切に扱い、ありのままの自分を受け入れていきましょう。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

イチゴリズムのマスコットキャラクターです。

この記事の目次