アダトチルドレン(AC)は機能不全家族で育ち、成人した人々です。
機能不全家族で育つことで受けた様々なトラウマが、大人になっても負の影響を与え続けている状態とも言えるでしょう。
幼少期の傷ついた体験や満たされなかった想いは主に親子関係の中で生じることから、「愛着障害」と呼ばれる視点から見ることも出来ます。
ACと愛着障害は一見全く別の言葉のように見えますが、同じ物事や状態を多面的に見ることは対象をより深く見つめることになります。
今回はアダルトチルドレンの理解を深める視点として大人の「愛着障害」を見ていきましょう。
1.「愛着障害」の愛着とは
「愛着障害」という言葉で使われる「愛着」は日本語で一般的に使われる「愛着がわく」といった意味合いとは異なるものを指しています。
これはイギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが提唱した「愛着理論」に基づくもので、母親をはじめとする養育者と幼い子どもとの結びつきを英語で”attachment”(取り付け、付着、愛情、愛着などを指す)と呼び、これを日本語で「愛着」と訳したことに由来します。
2.愛着障害とは
愛着障害(attachment disorder)」とは養育者と子どもとの結びつき(愛着)が充分に形成されず、情緒や対人面などに問題が起こる状態のことを指します。
ボウルビィの「愛着理論」出るまで、幼い子供と母親の心理的な結びつきは大して重要性がないものだと思われていました。
食事を与えてもらったり、世話をしてもらったりするのは力のない幼児にとっては生きるために必要なものです。
そのため本人が成長し親からの援助が要らなくなれば、自然と母親を卒業していくものだと考えられていたのです。
食事などの世話と最低限の教育があれば、子供は勝手に育つと思われていたのです。
そこに異を唱えたのがボウルビィでした。
ボウルビィは第二次世界大戦が終結した後、両親を失った戦災孤児たちの調査をしていました。
孤児院の子どもたちは食事も世話も十分に与えられているにもかかわらず、成長、発達の遅れ(体重が増えない、言葉がしゃべれない、語彙数が増えない)や病気にかかる率、死亡率の高さなどが見られたため、その原因を探っていたのです。
その結果、愛する対象である母親、もしくは主として世話をしてくれた家族から引き離されたショックと、さらに新しい環境の不十分さと不慣れさによる二重のショックで、こうした症状が引き起こされることが分かったのです。
孤児院のような新しい環境では、常に世話をしてくれる特定の大人がいるわけではなく、不特定のチームによって世話を受けることになります。
そうすると、幼児は自分が愛情を表現するべき相手が定まらず、そのうちに感情や情緒の表現をしない、無表情な子どもになっていく。
これが成長、発達の遅れや病気・死亡率が高くなる原因だとしたのです。
3.大人の愛着障害
愛着障害はうつ病や不安障害などと同じく医学的な診断名です。
医師が患者の病状を検査・診察をして上で判断する「病名」とも言えます。
アメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」においては、小児性の精神疾患の一種として定義されています。
(反応性アタッチメント障害・反応性愛着障害)
産まれてから早い段階で養育者から無視されたり、虐待されたりしたことが原因で、子ども本人が苦痛を感じたときにも、抱っこされたり、励ましてもらったりしようとしない。
また陽性の感情(楽しい、嬉しいなど)を表すことが少なく、陰性の感情(恐怖、悲しみ、いらだちなど)をよく示すとされているのです。
このように狭義の「愛着障害」は、あくまでも子どもが対象です。
しかし子供と養育者との結びつき(愛着)が形成されなかった影響は幼少期のみならず、成人した以降にも影響があることが次第に分かってきたのです。
4.愛着障害の影響
愛着が阻害されるように経験を重ねた時、悲しみや満たされない想いなどが圧迫になった結果、心が動く二つのパターン・ベクトルがあると思われます。
一つは受け入れ難い現実や満たされない自身の欲求を見ないようにする「回避型」。
心がこれ以上傷つかないように働く心の自動保護機能とも言えるでしょう。
もう一つは受け入れ難い現実に過度に反応してしまい、不安や恐怖を増強してしまう「不安型」
どんな影響を及ぼしやすいか、「回避型」「不安型」の強弱の組み合わせで大きく四つのパターンがあると言われています。
①安定型 「回避型」「不安型」ともに弱い
②回避型(愛着軽視型) 「回避型」が強い
③不安型(とらわれ型) 「不安型」が強い
④恐れ・回避型 「回避型」「不安型」ともに強い
①は愛着に問題がないパターンですが、②③④の傾向が強ければ強いほど対人関係や物事の達成、健康面など様々な面で問題を引き起こす可能性があります。
②回避型(愛着軽視型)
・しばられないことを望む
・親密さよりも距離を求める
・葛藤を避ける
・葛藤を抱えられない
・自己表現が苦手で表情と感情が解離する
③不安型(とらわれ型)
・拒絶や見捨てられることを恐れる
・終始周りに気を遣う
・相手の表情に対して敏感で、読み取る速度は速いもの、不正確なことが多い
④恐れ・回避型
愛着回避と愛着不安がいづれも強く、対人関係を避けてひきこもろうとする人間嫌いの面と、人の反応に敏感で見捨てられ不安が強い両方を抱えている。
5.愛着障害の克服
大人の愛着障害を克服するためにはどうしたら良いのでしょうか。
ここでは精神科医、岡田尊司氏が提唱する「愛着アプローチ」を紹介します。
基本的な考え方
うつ症状や不安障害など起きている症状を治すことにとらわれず、原因となっている愛着障害を改善することで、そこから派生している様々な問題や、陥っている悪循環を改善しようとする。
愛着障害があると、対人関係が不安定になり、安心感が脅かされ、傷つきやすくなっています。
非常にストレスを抱えやすい状態になり、対人関係や健康面など様々な問題を引き起こしやすくなっているのです。
そこで原因となっている愛着の安定化を図ることで、人間関係を安定しやすくし、安心感を高め、傷つきやすさを和らげます。
その結果、症状の改善だけでなく、社会適応や自己肯定感も高めることを目指します。
二つの愛着アプローチ
1、愛着安定化アプローチ
誰であれその人の身近にいる存在が、臨時のあるいは半永久的な安全基地になることで、愛着の安定化を図るもの
親子関係など問題となっている関係修復にはこだわらず、その人の身近にいる存在が臨時のあるいは半永久的な心の「安全基地」となることで愛着の安定を目指します。
傷づき大きく混乱している人には、多くの場合、対人関係にもつまづき問題を一人で抱えこんでしまっています。
そのため、心を開けて安心して話しが出来る、安定した人間関係が絶対的に必要です。
親しい友人や配偶者がその役割を担うこともありますし、専門のカウンセラーがその役割を担うこともあります。
まずは身近な存在との関係性を安定させることで、当面の本人の苦痛や状態の改善を図ります。
2、愛着修復的アプローチ
その人にとって重要な他者との愛着を安定したものに回復させることを目指すもの
虐待やネグレクト、またそこまでいかなくとも思いがすれ違って関係がぎくしゃくしていたり、支配や依存が強くなりすぎている親子関係などの関係改善を図ります。
そしてその取組みを通じて、子どもに現れている問題や症状の改善だけでなく、その人たちみんなの人生を安定した豊かなものにすることも目指します。
具体的には両者それぞれが自身に非を振り返り、かつ相手の立場や気持ちに立って考えることができるように、カウンセリングなどを通じて根気良く導く過程になります。
愛着修復アプローチがうまくいくためには、両者の気持ちが関係修復にむけて準備されている必要があります。
そのため愛着修復アプローチを行う場合は、カウンセラーなどの支援者が親と子のそれぞれ、あるいは一方に対して、まずは愛着安定化アプローチをおこない、支援者との関係がある程度安定したものになってから、愛着修復アプローチに移っていくことになります。
まとめ
幼少期のトラウマを「愛着」の視点で見ると、小さい子どもに対する接し方がいかに重要かを改めて考えさせられます。
子ども時代の環境・体験で身に着けた思考・行動のパターンが無意識の内にその人の人生に大きく影響を与えるからです。
アダルトチルドレンの課題を抱える人にとっては、幼少期の愛着問題を解決するのは、遠く過ぎ去った過去を変えるように思え、とても無理に感じるかもしれません。
でも希望はあります。
ご自身が納得できる、また相性の合う専門家を探し、是非相談してみてください。
お一人では解決できないことでも、専門家のサポートがあれば打開できることも多いです。
潜在的なアダルトチルドレン、大人の愛着障害の方が実はたくさんいると思います。
そんな方々の力になれる一人の専門家として日々活動を続けていきたいと考えています。
参考文献
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル 日本精神神経学会 (監修) 医学書院 2014
『愛着障害』岡田尊司 光文社新書 2011
『回避性愛着障害』 岡田尊司 光文社新書 2013
『愛着障害の克服』 岡田尊司 光文社新書 2016