一悟術

視野を拡げることは、成功への第一歩 

私たちは普段から“あの人は実に視野の広い人だ”とか“あの上司はどうも視野が狭くて話にならない”と言ったり、思ったりしてしまいます。

視野の広い人には好感を抱き、尊敬の念を抱きます。また多くの人が、自然にその人の周りに集まってくる傾向にあるようです。

しかし視野の狭い人には嫌悪感を抱き、理解しがたい内容に不信感を抱くことさえあります。そうなると次第に周りから人が離れていき、孤立する傾向にあるのです。

私たちは自らの視野のために、どれだけ日常生活の場面で過ちを繰り返しているでしょうか。

今回は「視野を拡げることは、成功の第一歩」とテーマ定めたのは“視野”について認識を深め、視野を広げていくことを念頭に展開していきたいと思います。

 

1視野について

視野について

“視野”という言葉について、いくつか言葉を拾いあげていきます。その前に一般的に言われている“視野”について確認をしておきましょう。

 

【視野】…①一定の位置から(目を動かさないで)見える範囲。②〔望遠鏡・顕微鏡などで〕レンズに映って見える範囲③物の考え方などの及ぶ範囲

(『新明解国語辞典第6版』)

 

辞書的解釈を参考に“一定の位置から見える範囲“とは、日常的に私たちが見ている景色や人物を見ることでしょう。日常会話で活用されている視野については”一定の位置から見える範囲“の意味で使用されると考えられます。

そして“レンズに映って見える範囲”では、望遠鏡や顕微鏡などでの表現も加わっていますが、日常生活においてメガネやコンタクトレンズを活用して物を見ている人にとっては、容易に捉えることができる表現でもあります。

続いて“物の考え方などの及ぶ範囲”との表記では、実際に見えているもの以外にまで考えが及んでいると考えを深めることができそうです。

日常生活において“ラッキー”と思えるような小さな出来事から、思いがけないことが起こる“奇跡”のような出来事は、私たちの“物の考え方などに及ぶ範囲”を参考に深めていくことで、実際に見えている範囲や感じる範囲に拡がりを見せてくれそうです。

このことを踏まえて変化を誘発、あるいは阻止する意図を持って人物、組織、国家などの主題の愚かさを暴き、戒めとしての表現を残している“ことわざ”からいくつか抽出していきます。

ことわざは、これまでの知識を含み、次世代に言い伝えられてきた簡潔な言葉のことであり、先人たちからのメッセージ(ことわざ)と理解することができます。いくつか“視野”に関するものを取り上げてみましょう。

 

「木を見て森を見ず」「群盲象を撫ず」「針の穴から天井を覗く」「井の中の蛙大海を知らず」「鹿を追う猟師は山を見ず」とのことわざには、自らの視野の狭さを日常生活の場面場面で考えさせてくれることわざといえるでしょう。

そこで今一歩踏み込んで視野について、考えを深めて見ていきたいと思います。

 

1−1肉眼的視野

肉眼で捉えることができる視野のことをいい、望遠鏡や双眼鏡や顕微鏡などをつけずに見ることできる視野を指しています。また正常な人の視野角度は、片目で鼻側及び上側で約60度、下側に約70度、耳側に約90度〜100度と言われています。両眼が平面の顔面上にあるため、両目で同時に見える範囲が広い(左右120度)代わりに、両目が顔の左右についている他の動物と比べると視野は広くはないといえるでしょう。その他目視できない角度の範囲を「死角」と呼ばれ、実際生活においても活用している言葉としても知られています。

 

1−2知識眼的視野

知識眼には、間口と奥行きの問題が考えられます。世に言われる博学と言われる人は、学問的知識の範囲が広く、人の知らないようなことをなんでも詳しく知っている人のことを指しています。また博識との表現をされる人は、知識・雑学の範囲が非常に広く、人の知らないようなことをなんでもよく知っている人を指しています。

間口も広いが、奥行きも実に深いというオールマイティな人は、そうザラにいるわけではありません。しかし一点集中することによって、奥行きを深くすることは、自然と間口を広げることにもなるようです。また円満性や、抱擁力も自然と備わってくるということが、真に深めることとなるでしょう。

突き詰めると知識的視野だけでは、非常に偏りが生じやすく、限界を感じやすいということも否めないところです。

 

1−3心眼的視野

心眼は、物事を見極める鋭い心の働きのことを指しています。本質的には、肉眼や知識眼のように死角があると考えられるでしょう。そしてこの心眼は、自らの心の状態によって広くもなり、狭くもなります。場合によっては全く機能することがないという現象にも陥ってしまうことがあり、捉えることが非常に難しいと感じている人もいることでしょう。

 

2視野を拡げる

視野を拡げる

私たちが日常的に見ている風景や景色は、肉眼によるものがほとんどといってもよいでしょう。さらにその視野に入り込んできたものを、これまでの知識や経験によって判断し、分別している作業が知識眼と捉えることがでます。

また肉眼に映った風景や景色などから、これまでの知識や経験が発動することなく、通り過ぎるだけの情報も数多くあります。それは私たちの記憶には残らないものとして分類されるでしょう。

つまり“肉眼力”と“知識眼力”だけでは、狭い視野内での処理にすぎないのです。さらに今後の生活において、視野を狭めてしまう可能性もあるということです。

 

では“視野を広げる”ためにはどうしたらいいのでしょうか。それには“心眼力”に意識を持つことです。いろいろな情報が飛び交う社会で生きている私たちにとって、心眼力を高めることは、肉眼力や知識眼力を底上げし、視野を拡げてくれる方法として考えられます。

以下は、心眼力を高める方法の一部を紹介していきます。それは気づきのレベルを上げることにもなります。試しやすいものから意識的に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

2−1人の話を虚心によくきく

虚心とは、先入観や偏見をもたず、ありのままを素直に受け入れることで、心のわだかまりを持たないことを言います。理解しているつもりでもなかなかできない行動には相手を否定し、拒絶をしたりする心の状態が現れています。

また、日常生活上や社会生活上で相手の話に結論を急ぎ、話の途中で自分の意見を挟む行為も“虚心によくきく”行動とは程遠いものとなるでしょう。

まずは話をしっかりと聴くところに、私たちの視野は広がりを見せてくれます。たとえその話題が知っていることだとしても、若干の違いがあります。その違いを見いだすことができた時、私たちの知識が広がるだけでなく、抱えている問題に対しての糸口を見いだすヒントになることでしょう。

 

2−2進んで教えをきく

私たちが生活をしている日常には、知っている“つもり”の物事が多くあります。様々なことを調べ、理解し、扱っていくことは理解しているつもりであっても、効率を求め、成果を出す方法はひとつということはありません。

「この方法が一番いい」「成功法則はこれだ」と自ら信じているものを、一度疑ってみてはいかがでしょうか。

私たちの周囲には、多くの人がいます。その一人一人に歴史があり、経験があり、挫折があったはずです。そうした人生の先輩たちに質問をすることは、自らの可能性と視野を拡げてくれます。

少しでも疑問に感じたことは訊く。この行動は決して恥ずかしいことではありません。訊くことによって、相手の話を謙虚に聴く私たちの心の状態は、素直そのものなのです。そうした純情無垢な素直な心持ちの人は、大きく自分を変革させていくことが可能となります。

進んで人に教えを乞うことは、今まで触れることのできなかった世界への扉を開く鍵になります。積極的に自ら動き、可能性を秘めた扉を押し開いてみてはいかがでしょうか。

 

2−3自然の偉大さに、深く心を触れる

ここで注目したいことは“自然の偉大さに触れること”です。

私たちは何もかもを支配したような気になっていないでしょうか。山を切り開き、コンクリートで固め尽くし、アスファルトで整備された道を走り、人工的に作られたビルで働き、食事をしたりする。人間は全てをコントロールしているように捉えられるかもしれません。しかし、そうではないのです。

雄大に広がる大自然は、相反する振り子のように働く性質を持っています。我々にはどうすることのできない天変地異なども自然の脅威のひとつとして捉えると、自然現象は怖れ嫌うものと感じるかもしれません。

しかし自然は畏れ敬うものとして意識を向けていただきたいのです。なぜならば大自然は、私たちにこれまでにない“気づき”をあたえてくれるものだからです。

時として遠方の山や滝、海や川に出かけ、自然の偉大さに感動し、心が洗われたようだと体験することも自然の偉大さに触れることとしては効果的です。

しかし日常的に遠方に出かけることは不可能と感じている方々も多いことでしょう。そのような時には、心を澄ませて自然の音にどれだけ心を向けることができるかを意識して行動してみてはいかがでしょうか。

例えば近くの公園に出かけてみることも効果的です。じっくりと耳を澄ませ、じっとあたりを見回してみると、敷地内にある樹木や芝生、小さな虫や空を飛ぶ野鳥、空をゆっくりと流れる雲や青空を仰ぎ見ることで、これまで気がつかなかった世界があなたの目の前に広がってくることでしょう。

悩み塞ぎ込んだ心の状態に陥ってしまった時にこそ、私たちの生活の一部にある自然に触れて見てはいかがでしょうか。この世界に生かされている自分自身を感じると同時に、これまで気がつかなかったものが見えてくかもしれません。

 

3最後に

最後に

“視野をひろげる”ことをテーマに進めてきました。簡潔に結論を述べるとするならば自分の求めている方向性をしっかりと見定め、日常から思考を巡らせることです。さらに安易に表現するならば”目的と目標“の設定です。

向かうべき方向性が明確であれば、必要な情報が必要な時に集まってきます。さらに思わぬ人との出会いも引き寄せることになるでしょう。このような奇跡と呼ばれるような現象は、私たちの視野が広がったときにこそおこる現象です。

成功者や達成者が「こんなに近くに答えがあったのに、どうして今まで気がつかなかったのだろう」と口を揃えて話すように、優れた肉眼力と知識眼力を持っていても心眼力を備えていなければ、私たちの目には何も映ることはなく、気がつくこともできないのです。

幼少、少年、青年、中年、壮年、老年期のすべての時代において求められることとして、さらに視野を拡げて人生を歩んでいかれてはいかがでしょうか。

汪夕龍
1980年千葉県生まれ。建築設備業界で10年間、専門技術管理者として働く。
その後、企業経営者を対象としたセミナーを、7年間で約500会場経験。同時に執筆・指導に従事した。

2017年6月新たな可能性を見出し、一悟術ヒーラーとして活動を開始。
これまでの経験を活かし、多くの方々と共に心の勉強をしていこうと現在模索中。

HP:https://wangxilong.amebaownd.com/

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