一悟術

悩みを吹き払うための「日常の働き」とは? 

厚生労働省が公表した平成28年簡易生命表によると、男性の平均寿命は80.98年、女性の平均寿命は87.14年となり、前年比較して男性は0.23年、女性は0.15年と年々上回っていることが明らかになっています。

医療技術等の進歩により、年々平均寿命が伸びていくことで、第二の人生を〈どのように過ごしていこうか〉と考える方々が増えるのも頷けるデータでしょう。

そうしたなかで、各々の人生で抱える「悩み」に限りはないようです。その内容は「家庭」や「職場」における悩みだけでなく、「自分自身」のことにまで、問題は多種多様となってきていることでしょう。

考えれば考えるほど、次々と浮上してくる悩みごとは、時間がいくらあっても足りなく感じます。私たちが抱える悩み事のなかには、ついつい避けて通りたいと考えてしまうものまで浮かんでくるものです。

なぜ、そのような「悩み事」が浮上してくるのでしょうか。それは「充実した人生を歩みたい」「この世に生まれて本当によかった」と強く考えるからこそ、私達は悩み、考え、行動している日々を送っていると考えられる側面もあります。

しかし、生きていく中で、完全に悩みの種を消し去ることはできません。ひとつ解消しても、次の悩みの種は生まれてくるものと捉えると、高齢期を迎える方々だけの悩みとは言い切れないのが実情ではないでしょうか。

すべての年齢層で「充実した人生を送りたい」「幸福を感じたい」との願望は持っているものです。極端かもしれませんが、「生命があるということは、常に悩むこと」と言えるかもしれません。

悩みをひとつひとつ打開して、達成感を味わいながら、幸福感を得る流れは、私たちの生活リズムの一部であると認識すると、打開するための「行動」を起こしていくことが大切な要素として考えられます。

「働き」ときくと仕事をするイメージがあるかと思いますが、こういった「行動」も「働き」のひとつです。日常の働きで生活を含めた大きな視点までを観ていきながら、日々できることは何かという問いに焦点をあてて進めていきたいと思います。

 

1、毎日が本番

毎日が本番

私たちは誰でも平等に1日24時間、1年365日の時間が与えられています。さらに一生は一度しかないということは共通の事実です。

また、時間を遡ることはできず、人生のやり直しはできません。すなわち人生を、練習することはできません。だからこそ、一瞬一瞬の積み重ねを真剣に生きている私達が、その日1日を創っているのだと捉えることができます。

そして何らかの職業をもって、収入を得なければ生きていくことが困難な時代でもあります。日々の着実な一歩が1日を作り、積み重なって、人生となっていくことを意識できると、色々な場面でどんな「働き」を行うのかについてイメージが浮かんでくるのではないでしょうか。

鳥や獣とは違い、人間は自然環境に弱いものです。働かなければ、子孫を残すことも、自らの生命を繋いでいくことも困難なことが多いことでしょう。暑さ、寒さ、風雪などから自分を守り、家族を守るには、様々なことに働きかけていくことが重要になります。

極端な言い方かもしれませんが、働くことを止めてしまったら、我々は死滅の道を歩む可能性を秘めていることに注意を払う必要さえでてくるのかもしれません。

 

2、働きの価値

働きの価値

突然ですが、「私たちは何のために働いているのでしょうか」と問われた時にあなたはどう思いますか?

現代社会において、働く理由は様々と個人差があります。その「働きの意味」についていくつか取り上げてみてみましょう。

 

  1)食べていくため

多くのひとは、食べ物を手に入れるためのお金が必要で、そのお金を手に入れるために働いているでしょう。なかには、食べさせてくれる人がいたり、働かなくても十分なお金があったりして、食べるための働きでない人もいるでしょう。しかし、その頼みの綱がなければ、働かなくては食べてはいけない現実が訪れます。そうなれば自分であろうと他者であろうと、誰かが働かなくては、テーブルの上に料理が並ぶことはありません。

私たち人類は「食べていくため、生活していくため」との理由から働き続けてきた歴史があります。この事実はこれからも変わることのない現実のひとつでしょう。

 

  2)豊かな生活のため

他人の目を無視して、健康も無視して、極限まで生活水準を下げれば、今日食べるものくらいは何とかなるのかもしれません。

しかし、たべるだけでなく「もっと豊かに、もっと良い暮らしを」といった願望を持ち、それを実現しようとすれば、その働きは「豊かな生活、贅沢な生活」のためと意味がシフトすることでしょう。

 

  3)世間体のため

ひとつの職場において、働かない人が増えれば、働く人への負担は増えていきます。そのためか、働かない人は悪く言われる風潮にもあるようです。健康的な問題等働けない理由がないのに、働かない人は周囲から変な目で見られることもあるようです。

世間体を気にする人にとって、働きは「世間体を保つため」に行うこともあるでしょう。

 

  4)自己実現のため

「理想の自分」や「自分の目的を達成する」ために、働いている人々も多くいることでしょう。

 

  5)社会貢献のため

「他の人や、世の中へ貢献したい」という理由で働いている人も多く存在しています。それには社会貢献するために働くことで、自分自身が喜びを感じることができ、元気で活力ある人生を送れると実感しているからでしょう。

 

  6)仕事が楽しいから

単純に仕事が楽しいから働いている人もたくさんいます。

 

  7)好きなことだから

単純に好きなことを仕事にしている人もいます。

 

  8)使命感から

何らかの理由で使命感を感じ、その使命感から働いている人もいることでしょう。

 

  9)暇だから

働かずに家にいると、みんな働きに出てしまって、一人になってしまう。一人で家に居ても暇なので、仕事をするという場合もあるようです。

 

10)社会と繋がっていたいため

働かずに家に一人でいると、社会との繋がりが薄れ、やがて途絶えてしまうものです。「社会との繋がりを持っていたい」「人との繋がりを感じていたい」との理由から働く人もいます。

 

11)罪悪感から

一度働くことがあたりまえになると、たとえ理由があって休んでいても、働いていない罪悪感が出てくるケースが多いので不思議なものです。

これは社会的に「働く」ことが前提になっていることの影響もあるでしょう。いずれにせよ、何らかの影響や理由で申し訳なく感じ、その心から働いている人もいることでしょう。

 

12)異性欲から

異性との交際や、結婚するにも働いていなければ難しい局面があります。異性欲を満たしたいという気持ちもあって、働き始める場合もあるようです。

 

13)自己成長のため

働きを通して学ぶことは非常に多いことでしょう。さらに働き続けていると自分が成長していると実感も感じられてきます。そうした実感を喜びに感じる人は、自己成長のために働いている側面があるようです。

 

14)自己価値のため

働いている自分に自己価値を見出し、その自己価値を実現するために働きつづけている人もいることでしょう。

 

自己価値のため

 

働きに対する意味や、理由はそれぞれ異なります。各々の生活状況や背景が影響を及ぼしているとの見方もできますが、先述した14項目全てに共通するのは、自分自身のために働いているという点でしょう。

他の人を思って働いているように感じられる「5)社会貢献」でさえも、突き詰めれば自分自身を満足させるための働きと捉えることができます。

「働き」に対する考え方は「生活の糧」という考え方から、「どのような人生を生きるか」「どのような仕事をするのか」ということにシフトしてきているようにも考えられます。そうした考え方のシフトは「自分にとっての幸せ」を求めるからこそだと考えられます。

つまり、働く理由や意味に「自分にとっての幸せを見出す」ことに意識を向けることで、自分の周りにいる人たちや世の中に向けて「笑顔」「優しさ」「思いやり」「愛情」等を、分けることに繋がるとの見方です。

結果的に、人間関係だけでなく周囲の環境にも、より良く変化が起こり始めます。こうした繋がりを「働きの意味」として定義付けすることができるのではないでしょうか。

この定義は、実際に実感した人にしか捉えることができないことかもしれません。しかし、これまでの生活の中で、他の人のために働きかけた時に感じる達成感や爽快感を思い返すと、その直後に自らの活力へ変化したとの経験を持っている人は多くいるのではないでしょうか。

働くことで得る報酬は確かに嬉しいものです。しかし私たちにとって「働けることが、すでに喜びだ」と感じているのではないでしょうか。働くことで周囲から求められ、認められ、喜ばれることで、働くことができてよかった「ありがたい」との思いも湧いているのではないでしょうか。

そのように考えれば、「働くことは、生きていること」と受け取りやすくなります。さらに、働ける自らの生命の尊さ・身体の有難さに深い感謝を得ると同時に、働ける現実を深く噛みしめることになるでしょう。

 

3、働けないほどの苦しみはない

働けないほどの苦しみはない

働けることで、生きがいを感じ、さらに人生を謳歌していくことを考えれば、人は働くために生きているのかもしれません。しかし、全く仕事がなく、働けないことほど、生きていて情けなく感じることはないでしょう。

人間にとって仕事がないことは、仕事がありすぎるより、悪いものかもしれません。暇な時間があればあるほどに「小人閑居して不善をなす」とのことわざの通り、とかく悪事に走りやすい傾向に陥ることがあるようです。すると自分で自分の心を喰らい尽くすようになり、心は荒んで散々な結末を迎えることになってしまう可能性が出てきます。

家庭、会社、職場、商売、地域などにおいて、いろいろな違いはありますが、日々の仕事というのは際立った変化などはあまりないものです。しかし、変化を求めすぎるが故に形式的な単調さだけにとらわれ、私たちはその仕事に不足不満や嫌悪感を抱きやすいものかもしれません。

なによりも意識しておいたいことは、今日の仕事があり、働けることを喜び、ありがたいものとして受け止めておきたいものです。

 

最後に

最後に

人が生きるということは、働くことです。それは勤めて働くことだけではなく、日常のひとつひとつの行動も働きになっていることを捉えておくべきです。

家事、育児、勉強、仕事、清掃、食事、入浴、睡眠など、生活の営みすべてが「働き」と意識しておくことが大切です

生きている瞬間、この瞬間のあらゆるすべてが働きなのです。何もしない時がなく、いつも働いているので働きでない時がありません。遊びがないと感じる方もいるでしょうが、遊びもまた働きのひとつなのです。

日常の働きは、私たちに幸福な気持ちにしてくれる原動力です。今日一日…なんの雑念も、不満もなく、喜びいっぱいに、力一杯に「働」いてみてはいかがでしょうか。すると、これまでにない楽しい瞬間も、喜びの時間もやってくることでしょう。

汪夕龍
1980年千葉県生まれ。建築設備業界で10年間、専門技術管理者として働く。
その後、企業経営者を対象としたセミナーを、7年間で約500会場経験。同時に執筆・指導に従事した。

2017年6月新たな可能性を見出し、一悟術ヒーラーとして活動を開始。
これまでの経験を活かし、多くの方々と共に心の勉強をしていこうと現在模索中。

HP:https://wangxilong.amebaownd.com/

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