一悟術

食事を通じて、人生を豊かにする方法 

食事をすることは、生きる上でとても大切なことで、絶対に必要なことです。そして食事を通して人と人がコミュニケーションを通じて繋がり、人間関係が築かれることで、これまでにない発想を共有したり、今後飛躍したりする可能性を秘めています。

それにもかかわらず、現代人は子供を含めて、朝ごはんを食べずに出かける人が増えているようです。また、間食や夜食を取りすぎる傾向もあり、生活リズムが徐々に崩れてきていると言えるでしょう。すると、健康面では身体を崩すだけではなく、精神的に不安定になってしまいます。それだけでなく職場人にとっては、業務が進まず、結果に結びつかないといった現象も起きてしまうでしょう。

現在、私たちの周りで起きている諸問題の全てが、食事に対する見方や考え方が軽視されてきたからだ、というつもりはありません。しかし、食事に対する考え方や捉え方が歪んでいることは確かなことと言えるのではないでしょうか。

今回は“食事に対する考え方”をテーマにしました。基本的には1日3回ある食事の見方、考え方を改める機会として考えてみてはいかがでしょうか。

 

1、食物に感謝しない人々

食物に感謝しない人々

まず始めに食事の要である“食物”に対して感謝の気持ちを忘れている事例について取り上げたいと思います。

 

1)恐れる

「羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)」ということわざがあります。羹(あつもの)とは、野菜や魚肉を入れて作る熱い吸い物のことで、この熱い吸い物で口を火傷した人が、膾(なます)のような冷たい料理も吹いて冷ますという意味を持ちます。

周囲の人から「何もそこまで用心深くなる必要はないのに…」と面と向かって軽蔑されてしまうほどの様子をいいますが、私たちの周囲にもこういった方々はいるかもしれません。過去に食あたりで苦しんだ経験があると、その食物を非常に恐れたり、一切口にしなくなったりする傾向があるといわれます。

さらに、現状が深刻であれば、他の人が食べているのをみることでさえ嫌になるといいます。同時に、極端に神経過敏になり、その食物の匂いがしてくるだけで、当時の苦しんだ時の感覚が蘇り、気持ちが悪くなったりするそうです。

イメージとしては、ひどい船酔いする人が、船を見るだけで、まるで乗船したかのような船酔いの症状が出るような感じです。

現在では様々な事情から、食物に対して最新の注意を払いながら食事をする人たちがいます。それは健常者にとって理解できないこともあるでしょう。

もし、あなたが何らかの理由で食べた物に対して、後悔や恐れなどの否定的な発想がでてきたならば、一度食べてしまったものは、恐れてみても消化が良くなるわけではありません。ありがたく頂戴したとの心向きで、恐れる心を意識から離してみてはいかがでしょうか。

 

2)馬鹿にする

『安価なもの』、『平凡なもの』と食物を馬鹿にする人がいます。なかには、テーブルに並べられた食事を見回して《粗末なものだ…》と見下げる人もいるようです。

今まで自分の知っている味が、果たして良いものなのか悪いものなのかは一概には決めることはできないものです。何事に対してもそうですが、馬鹿にしていては、そのものの真の価値は見いだすことはできないでしょう。

人の場合でも同様で、年齢や役職に関係なく尊敬の念を持っていなければ、その人の良さは見えてはこないですし、理解することはもっと難しいといえるでしょう。

食物を馬鹿にすることは、延いては生産者や料理人、ご馳走をしてくれた人を馬鹿にすることにまでつながっています。捉えるべき大事なポイントは、「食物は金額ではなく、人の好意を意識していただく」ということです。

たとえ「粗末な食事」と感じたとしても、それはそれで味わいがあることを意識しておきたいところです。“お茶漬け”は毎日でも飽きないと感じられる人は「単純ななかになんともいえない味わいがある」と喜び、「時が経つにつれて深みまで出てくる」とお茶漬けを啜ります。喜んでお茶漬けを食する人とは対照的に「なんだ、お茶漬けかよ」と馬鹿にした途端に、その味わいを感じることができなるだけでなく、ともすると身体にとって毒になるようなことまで起こる可能性があるので、気をつけて意識できるようにしたいものです。

 

3)惜しがる

『惜しがる』と聞いてもパッとは浮かばないかもしれませんが、家庭での食事の際に目にしたり、耳にしたりすることがあるかもしれない状況です。たとえば食卓に並んだおかずの数々、そのなかに煮魚があるとします。煮魚を食べながら「この魚の鮮度だと、刺身で食べた方が美味しいと思うよ。なんだか惜しいことをしたな〜」と思ったことはありませんか?人によっては、その場で料理について一言二言発言をしてしまう人は少なくないでしょう。

さらにその料理を食べながら、これはこうした方が良かった。ああした方がうまかったなどと考え始めてしまうと、収拾がつかなくなってしまいます。

「なるほど、そういった調理法があるのか」と納得することもありますが、目の前に並んでいるのは煮魚です。煮魚を眺めながら惜しんだところで、刺身にはならないし、焼き魚にすることもできないのです。刺身のことばかり考えていると、刺身のイメージや味がチラつきはじめ、煮魚の味はとうとうわからずに食べ終えてしまうということが起こります。

そうなってしまうと、食材のありがたみも、調理してくれた人への感謝の気持ちも感じることはできず、ただ食べただけということになってしまうのです。

目の前の料理を味わいながら、食材と料理人に感謝をしていただきたいものです。

 

2、食事の心得

食事の心得

次は、毎日の食事で我々が出来ることについて紹介したいと思います。

 

1)生命を保つ大切な働き

人間の身体は筋肉や脂肪、骨などで構成されていますが、これらの組織は栄養素によって構成されています。そして人間は、生まれたときから死ぬときまで、生命活動を維持するために、食品に含まれる栄養素を摂取し続ける必要があります。厳密な意味での「栄養」とは、体外から摂取した「栄養素」を原料として、消化、吸収、さらに代謝することにより、生命を維持し、成長に必要な成分がつくるといった一連の流れのことを言います。

栄養素は、食べ物の中に含まれているさまざまな物質のうち、人間の身体に必要不可欠な成分のことをいいます。食品中の栄養素は、身体の中に吸収された結果「エネルギーの源」「体の組織(筋肉、血液、骨など)を作る」「体の調子を整える」大きな働きを持っています。

すなわち食事は、人間生活を営む上で大変重要なものです。私たちの生命を保ち、大切な働きをしていることを改めて認識しておくことが大切です。

 

2)深い愛情を受け止める

美味しい料理を作れる人が料理上手というわけではないようです。どんなに美味しい料理を作る人でも、楽しんでいない人の作る料理はなんだか味気ないように感じてしまうものです。

美味しい料理には、大切な人のためにと作るからこそ「愛情」が詰まっているとの表現もされますが、こうした思いが作り手の「丁寧さ」「衛生さ」「味加減」に大きく影響を及ぼしているようです。

そうした心のこもった料理を食べている時、「愛情たっぷりな料理」を作ってもらっているとの意識は持てているでしょうか。食事は単に栄養を取るだけではなく、こうした深い愛情を受け止め、和やかで楽しい人間関係を築く大切な時間となります。作り手の思いを感じて、感謝していただけると良いでしょう。

 

3)食事の作法

食事の作法には、食べるものを尊ぶ心が表現されています。また国や地域によって様々な違いがありますが、総じて日本料理には諸外国では見られない作法が多くあります。こうした作法は、日本の歴史や人々の考え方、生活の智慧などが反映された文化の一部分であると同時に、同席する人も含めて全員が美味しく気持ち良く料理をいただくうえで大変重要なものになります。

慣れないうちは戸惑うことも多く、形や見栄を張りがちです。しかし大切なのは食べるものを尊び、食事の時間を楽しむことにあります。もし、実際の食事の場面で作法や食べ方についてわからないことがあれば、素直に周りの人たちに尋ねながら食事を楽しみましょう。

 

4)感謝していただく

日本人の多くは、1日3回食事をします。食前には「いただきます」と発し、食後には「ごちそうさまでした」と挨拶をします。しかし改めて考えてみると“誰に”対して、”何を“伝えているのでしょうか。

目の前の食事は、“料理してくれた人”によって調理されたものですが、その前には“小売店の人”や“市場の人”が扱っている食材を購入しています。さらにその食材となる野菜や肉などは、”生産者“によって大切に育てられたものです。

たった一度の食事でも、多くの人の手が加えられたことに思いを馳せると、感謝の気持ちが溢れてきます。

 

「大自然の恵みに感謝」作物を育む大地、きれいな水、太陽の暖かさに感謝

「生命への感謝」野菜、鳥、豚、牛、魚など動物の尊い生命をいただく感謝

「多くの人への感謝」生産人、配送人、料理人、先人の専門家の方々への感謝

 

もっと細かくみていくと、感謝すべき対象の多さに驚きを感じます。目の前の食事を有り難くいただく気持ちが「いただきます」という言葉になり、多くの働きに感謝する気持ちが「ごちそうさまでした」という言葉になるのです。

日々の食事の前後で、感謝の心を乗せて挨拶をすることの大切さを再認識してみてはいかがでしょうか。

 

3、最後に

最後に

前半は食物に対する感謝が薄れるケースを、後半は食事にまつわる感謝の形についてご紹介しました。

食事は空腹を満たすだけのものとして、ただ食べればいいというわけではありません。量や質、栄養のバランスを考えて,健康的に生きるために必要なこととして捉えおくことは大切なことです。しかし、ここに「感謝する心」が欠けてしまっては意味がないのです。

感謝の気持ちが不足していくところに、食べ物の好き嫌いが強く出始め、不足不満の心や発言が出てくるようです。そしてついには、自分の身体を自分で不健康な身体へと作り上げ、好きなものまで食べることができない不幸な現象までも引き起こしてしまう可能性が出てきてしまうのです。

私たちの生命は、多くの生命をいただきながら維持されています。このことを常に意識することで、自然と感謝の気持ちをもって食事をすることができるでしょう。すると私たちは食事を通して満足感や幸福感を感じるだけではなく、新たな活力を生み、明日に繋がる希望を見出すことへ繋げていくことができるのです。

汪夕龍
1980年千葉県生まれ。建築設備業界で10年間、専門技術管理者として働く。
その後、企業経営者を対象としたセミナーを、7年間で約500会場経験。同時に執筆・指導に従事した。

2017年6月新たな可能性を見出し、一悟術ヒーラーとして活動を開始。
これまでの経験を活かし、多くの方々と共に心の勉強をしていこうと現在模索中。

HP:https://wangxilong.amebaownd.com/

上に戻る